「ここでこけたら猫になるで」。そんな言い方で足元への注意を呼びかける風習が、奈良県内には広く伝わっている。有名な妖怪「猫また」も、文献上最初に登場する舞台は「南都」だ。キツネやタヌキほどではないにしても、年老いた猫が妖怪になる伝説は全国各地にある。ネズミや犬にはない「何か」があるのだろうか――。
幅3メートルほどの狭い坂の上から見渡すと、「ここでつまずいたら一番下まで転がり落ちるだろうな」と、ふと感じた。最も急な部分の勾配は30度を超えそうだ。坂の上に数軒ある民家に出入りするには、今でもこの道しかないと聞いて驚いた。
山添村中峰山の神波多(かんはた)神社には、街道沿いの一の鳥居から本殿に向かうまでに「猫坂」と呼ばれる坂がある。古くからこの坂では「転んだら猫になる」と伝わる。神社の氏子総代で、本殿近くに住む中谷一正さん(73)は「『転んだら猫になる』は小さい頃からずっと聞かされてきた。車がなかった頃はみんな重い荷物を持って慎重に上り下りしたもんだ」と話す。こうしたいわれのある坂は県内に複数ある。東大寺(奈良市)の大仏殿東側の坂にも同様の言い伝えがあり、少なくとも江戸時代から「猫坂」と呼ばれていたという(石段に改修された明治期以降は「猫段」)。
村で医院を経営する野村信介さん(63)が5年前から県内外で聞き取ったところ、「転んだら猫になる」という話を聞いて育った経験がある人は、村を中心に県内に集中していたという。自身も「長く土葬だった集落の墓場に向かう坂で『こけたら猫になる』と注意されて育った。土葬の墓場という衛生面の問題に加え、神聖な場所だから慎重に行動するように、との戒めが込められていたのでは」と話す。
猫がペットとして日本で飼われるようになったのは平安時代とされ、こうした言い伝えが多く生まれた江戸時代には、既に庶民にも身近な動物だった。「猫になる」という言葉は子どもにもイメージしやすく、脅かしの意味もあったとみられる。
野村さんは2017年、この猫坂のいわれを逆手に取って「転ばない」キャラクター、「スベラネーコ」を制作。スケート靴を履いた学生風の姿で、受験用のお守りキャラとして発信している。医院の診療記録を、開院した明治期までさかのぼっても「猫になったことで受診した患者はいなかった」ことから発案した。「かつての戒めとしての意味は薄れても、私たちにとってはなじみ深い言い伝え。前向きにとらえ直すことで、文化を伝えていきたい」と野村さん。
妖怪たちは、時代に合わせてその姿形を変えながら、現代を生きる私たちの中にひっそりと息づいている。【稲生陽】
尾、二つに分かれ
猫の妖怪は鎌倉時代の公家の日記「明月記」に、1233年8月に県内で数人の人を食い殺し、伝染病をはやらせたと記す「猫跨(ねこまた)」が文献上の初出とみられる。尾が二つに分かれていることから「猫また」と呼ばれるようになったとされ、県内には他にも猫またや化け猫にまつわる言い伝えが残る。神波多神社(山添村中峰山310の1)。