自民党参院議員会長や労相を務めた村上正邦(むらかみ・まさくに)氏が10日未明、埼玉県朝霞市の病院で死去した。88歳だった。
村上氏は1980年の参院選全国区(当時)で初当選。当選連続4回。92年の宮沢改造内閣で労相を務めた。その後、自民党の参院幹事長、参院議員会長を歴任した。参院自民党の実力者の地位を築き、「参院のドン」と呼ばれた。
98年には自民党旧中曽根派会長に就任し、参院議員では異例の派閥会長となった。99年に同派と旧中山・亀井グループを合流させ、村上・亀井派(現二階派)を結成した。
2000年4月に小渕恵三首相が脳
梗塞
( こうそく ) で退陣した際には、森喜朗氏を後継首相に擁立する過程に深くかかわった。
01年1月、ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)の政界汚職を巡り、参院議員会長を辞任。同2月に参院議員も辞職したが、受託収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。03年5月、東京地裁で懲役2年2月の実刑判決を受けた。08年4月には刑が確定し、服役した。
憲法改正や靖国神社への首相の公式参拝などを主張する保守派の論客として知られ、00年1月に設置された参院憲法調査会では初代会長を務めた。