人懐っこく、くったくない表情が可愛い。その可愛さに癒されるからと、猫や犬とともに暮らす高齢者は少なくありません。しかし、高齢者の場合、死亡や施設への入所、入院などで突然ペットを飼えなくなることがあります。そして今、高齢者が飼いきれなくなり「ペットが路頭に迷ってしまう」ことが問題になっているのです。
猫の不妊手術や保護活動をしている大阪府八尾市のHappy Tabby Clinic(ハッピータビークリニック)では、里親を募集している猫のシェルターがあります。保護された元野良猫もいますが、飼い主の死亡や入院、施設への入所のために飼育できなくなった猫も保護されています。
「飼い猫は保護される前に死んでしまうことが多い」
ボランティアの辻本麻佐子さんに、飼育放棄され施設に保護された殿くん(猫)の話を聞きました。
「殿くんは、京都で高齢の女性に飼われていた猫でした。しかしその方が亡くなり、行く当てがなくなっていたところをボランティアさんが見つけて保護されたのです。飼い主の遺族を探すと、殿くんをえさ場に『置いた』と言う娘さんにたどりつきました。実際には、置いたのではなく、『捨てた』のです。その後、ボランティアさんがこの施設を見つけて、預けられました」
辻本さんは、「飼い猫は自分でえさを獲る術を知らないために、保護される前に死んでしまうことが多い」と言います。
ギリギリになっても誰にも相談できず、周りが見かねて相談してくる
2019年2月にHappy Tabby Clinicに来たマツコちゃんは、事情が違います。
「マツコは、高齢の女性が飼っていた猫ですが、飼い主や親族ではなく、ケアマネさんが内緒で相談に来たんです。本来、ケアマネさんは業務外のことには手を貸してはいけないのですが、見るに見かねてのことでした。理由は、施設に入所することになったから。息子さんも若い頃に駆け落ちをして以来、音信不通だったそうで、ケアマネさんを通じてやっと連絡が取れたんです。
とても良い息子さんで、マツコのことを知り『必要なお金は出す。重度の猫アレルギーで大阪には行けないが、母の猫をよろしくお願いします』と、お金も振り込んでくれました。毎週、お見舞いにも来ていると聞いています」(ボランティア・辻本麻佐子さん、以下同)
このようにギリギリになっても誰にも相談できず、周りが見かねて相談してくるケースは多いと言います。
「飼い主が体力的にも経済的にもぎりぎりのところまで追い詰められていて、『今月いっぱいで賃貸住宅を引き払わないといけない、ペットをどうしよう』と慌てて相談されるケースは多いです。一度入院したり、施設に入ったりすると二度と戻って来られないし、部屋もすぐに解約しなければいけないので、どうしても自分のことで精いっぱいになってしまうんですよね。そうなると、飼い主本人からの相談は珍しく、ケアマネさんや遺族が代わりに相談することになります」
また、飼い主だけでなく、猫も高齢な場合が多く、里親を募集してもなかなか希望者は現れない問題もあります。
飼い主に代わって終生飼育する「アニマルセイブシステム」
こうした事態に備えるために公益財団法人日本アニマルトラスト・ハッピーハウス(以下、ハッピーハウス)では、「アニマルセイブシステム」を運用しています。飼い主に万が一のことが起こった時にペットを引き受けるサービスです。代表の甲斐尚子さんはまさに「飼い主がご高齢になったり、重大な理由で動物の面倒が見れなくなった時、動物の命を守るようにこのシステムを始めた」と言います。
「30年前は、『安楽死なくして、動物愛護活動はできない』という考え方が主流でしたし、これまでたくさんの動物たちが殺処分されてきました。でも私は、愛護活動こそ命を守る活動をするべきだと思うんです。
犬の場合、『子犬が産まれたけれどそんなに多く飼えない』や、『飼い始めたけど言うことをきかない』もしくは『飼い主が高齢で飼えなくなった』という理由で保健所に連れてこられることが多い。そこで、まず高齢者とペットの問題を解決できないかと、アニマルセイブシステムを作りました」
こうして誕生したアニマルセイブシステムですが、飼い主が元気なうちに契約してもらうことを前提にしているため、契約者は高齢者に限りません。万が一、何らかの事情で飼い主がペットを飼育できなくなった時、飼い主に代わって私たちが終生飼育するという契約です。
「飼い主がペットより早く死亡したり、施設に入所しても、この契約さえしておけば残されたペットが行き場を失うことはありません。自分の死後のペットの行く末を心配する多くの人にとって、アニマルセイブシステムは精神的保険にもなり得るのです」(ハッピーハウス・甲斐尚子さん、以下同)
当初、アニマルセイブシステムはハッピーハウスと飼い主との二者間での契約でした。しかし、本人が亡くなってから契約の存在を知らなかった遺族が、資産だけ相続して、ペットを保健所に持ち込んだり遺棄してしまうことが多くあったため、仕組みを見直しています。
「本人に万が一のことがあった時、必ず私たちに連絡してくれる人や銀行などの機関を交えた三者間契約を結ぶことにしたのです。それ以来、ペットがどこに行ってしまったのか分からないということはなくなりました」
大切なペットの先行きを案じることなく利用できるアニマルセイブシステム。飼い主が亡くなった後に、ペットを育ててくれる制度はありがたいですが、その費用が気にかかるところです。
「ハッピーハウスにはペットホテルもありますが、猫は1泊1,500円、犬は1泊2,500円で預かっています。単純に1年単位で計算してみても、スタッフの人件費など諸経費を含めて、犬は100万円、猫は60万円かかります。しかし、アニマルセイブシステムでは、犬は80万円、猫は40万円で引き受けています。しかも追加費用はいただきません。また、飼い主にもそれぞれの事情があると思うので、何がなんでもこの金額でというのではなく、ペットの命を助けるために折り合いをつけることもあります」
預けたはずのペットがいない……。高齢者を狙う「詐欺」
こうして高齢者とそのペットが抱える問題に取り組みを続けている人がいる一方で、飼い主の足元につけこむ詐欺も増えてきています。
「何十万も支払って飼えなくなった猫を預けた人がいます。数日後、『自分で飼えるようになったので猫を返してください』と言いに行ったのですが、そこに猫はもういなかったのです。こういう場合、たいてい『里親が決まった』と言われて、飼い猫もお金も戻ってきません。保健所に連れて行かれても証拠をつかみにくいため、詐欺事件としての立件も困難なのです。ペットを託す時は、実際にペットが暮すことになる場所を自分の目で確認し、スタッフと話をして聞きたいことは全て尋ね、これだ! と思うところに預けることが大事です」
アニマルセイブシステム以外にも後見人制度などを用意している団体もありますが、万が一のことがあった時にペットがどこでどのように暮らすのか、医療は受けられるのかなど、納得できるまで確認する必要がありそうです。
たった一匹で終末を迎えなければならない現実
アニマルセイブシステムを利用してハッピーハウスに来たあさりちゃんという老犬に出会いました。
兵庫県で95歳の女性が飼っていて、彼女の死後はお手伝いさんが世話をしていたのですが、そのお手伝いさんも病気になり世話が困難になったそうです。お手伝いさんは文字を書くことも難しかったので、息子が代筆して契約。2018年6月、12歳の時にハッピーハウスにやってきました。14歳になったあさりちゃんは、認知症を患っています。
ハッピーハウスには獣医師もいて、エアコンの効いた部屋や適切な食事が用意されています。立てなくなった犬は老犬介護ルームで暮らすのですが、小さいながらも犬用車いすを使って散歩することができる庭もあります。しかし、スタッフはあさりちゃんの家族ではありません。
ペットを飼われている読者の方の中には、「子供や親せきが引き受けてくれるから大丈夫」と思っている人や、そもそも「保健所や施設に預けるなんてあり得ない」と思っている人も多いでしょう。甲斐さんは、「ペットも家族、やはり終末は本当の家族に見守られることを望んでいるのではないでしょうか。たった一匹で終末を迎えなければならないのはあまりにも寂しすぎる」と言います。
2019年にお笑い芸人の小藪千豊さんを起用した厚生労働省の「人生会議」のポスターが、当事者への配慮に欠けると批判され、話題になりました。このポスターでは、いざ命の危険が迫って家族や近しい人に伝えられなくなる前に、ちゃんと自分の意志や考えを事前に伝えておく必要性を訴えていました。
自分のことだけでなく、一緒に暮らしてきて残されるペットのことも、元気なうちに家族や後見人と話し合い、はっきり意思表示する、遺言を残すことは、自分自身の安心にもつながります。悔いを残さないよう、生きていきたいものです。
(渡辺 陽)