私は仕事柄、月に2度ほど全国の寺院を回って、取材を続けている。コロナが拡大局面にあるこの半年間、47都道府県すべてを訪れ、「ひとり飯」をしてきた。むろん感染症対策には万全を期している。
先日、秋田県のとある小都市を訪問した時のことだった。夕食時、宿泊先のホテルから紹介された居酒屋に入ろうとした。すると2人組の男性が店から出てきて、入れ違いでのれんをくぐった。店は地元の常連客でにぎわい、3分の2ほどの席が埋まっている。
「1人ですが、空いていますか」
店員が怪訝そうにこちらを見る。
「……どちらからいらっしゃいました?」 「京都です」 「今出ていかれた方は大阪の方でしたが、お断りしたんですよ」 「京都もダメですか?」 「うーん。ひとまず、こちらの質問用紙にご記入いただいてもよろしいでしょうか」
渡された紙には10項目ほどにわたって現住所、氏名、連絡先、直前の滞在地、今後の予定などを書き込むようになっている。
「京都の感染者数は毎日どれくらいですか?」 「しばらく旅しているので直近の数字は分かりませんが、10人前後ではないでしょうか」 「ご入店は厳しいですね……」 「(近くに泊まっている)○○ホテルからこの店を紹介されて来たんです。ホテルに聞いたら、チェックインの際に検温などをしっかりやっているので、入店拒否されることはないと言われました。この店を出されてしまうと(この辺りに飲食店はほとんどないので)、夕食抜きになってしまいます」 「……じゃあ、特別にいいですよ」
案内されたのは入り口に近い席だった。店内では常連客が大騒ぎしている。私はひとりなので誰とも話すわけでもない。どちらを警戒すべきなのか。地元民が安全で、他県の人間が危ない理由を尋ねたい気にもなったが、店側に合理性を求めても仕方がない。
実はこの状況にはもう慣れていた。私が受けた「入店拒否」は、この半年で両手に収まらないからだ。この春の緊急事態宣言下で九州各県に赴いた時には、多くの店が「県外者入店拒否」だった。店内はガラガラで、少し遅めの時間帯であったにもかかわらず、「本日、予約でいっぱいです」ととぼけられたこともあった。
もっとも、店の扉に「他県からのお客様はご利用できません」などと書かれた貼り紙があるのが常。そうした店にはあえて入らないが、貼り紙をしていなかったり、貼り紙に気づかなかったりして入店した場合、拒否されることもけっこうあるのだ。
当初は「差別された」と不快感がこみ上げてきたものだが、最近では逆に店のことが心配になっている。むげに断っては客とトラブルに発展して、飲食店の予約サイトでどう評価され、何を書かれるかわからない。
9月の4連休(シルバーウイーク)、全国の行楽地はかつてない人出だった。政府が打ち出したGo To トラベルキャンペーンの影響だろう。私が住んでいる京都・嵐山周辺も、恐ろしいほど人でごった返した。ただし、外国人の姿はまばら。かつて、日本人旅行者ばかりだったバブル期の嵐山を見るようであった。京都では、「府外お断り」という看板を掲げる店はほとんど見かけない。
ある東山の料理店では、「光触媒除菌」などをうたった空気清浄機を目立つ場所に置き、安全対策をアピールしていた。実際にどれだけの効果があるかどうかはともかく、なんとなく安心感がある。コロナ禍では、不安心理をいかに払拭するかが肝要だ。
観光都市と、そうではない地方都市との店では対応が分かれているように感じる。観光都市の店ではGo To トラベルキャンペーンに乗らない手はない。
一方で普段、地元の常連客メインに相手にしている地方都市の場合、大都市圏からの「一見客」を受け入れるのは、「メリット小、リスク大」なのだろう。
地方都市には「ムラ社会の目」がある。他の店が受け入れていないのに、自分の店だけ観光客を歓迎してしまうと、村八分になりかねないからだ。たとえば「寄り合い」などの地域コミュニティが残っている地域では、独自の判断で営業を続けることは地域社会に対する挑戦、ともとらえられかねない。ある意味、「互助の精神」とも言い換えられる。これは、古くはムラの農耕や信仰を同じにする「講」などが基盤にある。
コロナ感染症の蔓延や一時の売り上げより、地域社会の目のほうがよほど怖いのだ。
だが、Go To トラベルキャンペーンの利用者の立場では、現地で入店拒否されては困惑するばかりである。特に観光地よりも地方の小都市に赴くことの多い私はなかなか大変だ。どうにかしてほしいが、これは店の責任ではなく、あくまでも制度の問題である。
ちなみに本稿は沖縄の石垣島から書いている。離島は内地と違い、コロナ対策はより慎重になるべきである。一人でも感染者が出れば、たちまち医療機関は破綻する可能性がある。だが、店ごとの対応にはかなりばらつきがあった。
コロナを恐れて長期休業している店、他県からの客のみを拒否する店、逆に呼び込みまでして客を集める店……。それぞれの店がバラバラに判断しているのだ。これではコロナの感染予防と地元経済の両方に効果がないだろう。
10月1日から東京都発着のケースがGo To キャンペーンの対象になる。東京人を見かける機会が増えることで、むしろ入店拒否がよりシビアになる恐れがある。もともと、県外客を排除していた店だけでなく、これまで受け入れていた店が「地域の目」を気にして、排除に傾くことも考えられる。
地方都市における東京への警戒心は極めて強い。私もしばしば地方都市の飲食店で、「最近、東京に行かれたことは?」などと聞かれている。
また、10月からは留学や長期滞在の外国人の入国の緩和措置が実施されるが、こちらのケースはもっと心配だ。本格的な外国人差別が始まりやしないか。
そもそも「地域ブランド」を支えてきたのは、東京人やインバウンドらを含めた県外客である。全国で排除の論理が広がれば、地域ブランドの地盤低下を招きかねない。
一方で、東京や外国からの一見客を歓迎する店も出てきそうだ。それは、ムラ社会とは密接な関係がないファミリーレストランや居酒屋チェーンの類いだろう。
このままでは地元店と全国チェーンの店との経済格差が広がり、結果的に前者は駆逐されてしまう恐れもある。すると、地域社会はますます疲弊してしまうだろう。
ただし、「ムラ社会」は弊害だけではない。コロナ感染の防波堤になってきた可能性はあり、一概には否定できない。前述したように、相互扶助の仕組みもある。
全都道府県を回ってみて、Go To トラベルキャンペーンの受け皿の体制は、まだまだ未熟だと感じた。排他的な「ムラ社会」を、どう解きほぐして、受け入れ体制を整えていくか。これは菅義偉新政権の課題であると同時に、地方自治体や地方議員、あるいは地方商工会などの役割でもあると感じた。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)