2年前、兵庫県明石市にある児童相談所(児相)は右腕を骨折した生後50日の男児を一時保護した。男児の母親が虐待を疑われたものの、家庭裁判所は「虐待を認めず、子の監護を怠ったとも言えない」と判断した。結局、母子は1年以上も離れ離れの暮らしを余儀なくされた。「いったい誰のための措置だったのか。児相が意地になっていたとしか思えない」と話す男児の父母の疑念は晴れない。児童虐待への対応が厳しく求められる中で、明らかになった今回のケース。市は児相の対応を検証することを決めた。【三野雅弘、浜本年弘】
母が原因説明するも、児相「話が変遷」
明石市に住む父(50代)と母(40代)、男児2人の4人家族の平穏な生活が一変したのは2018年9月にさかのぼる。父母や裁判記録によると、買い物のため、生後50日の次男を母が実家に預けると、「右腕が硬い」と指摘を受けた。母は次男を病院に連れて行き、「念のため」と撮ったレントゲンで右腕の肩と肘の間の骨が、らせん状に折れていることが分かった。母は「すぐに原因が思いつかなかった」と振り返る。
1週間後、母は児相から呼び出された。次男を連れて赴くと、骨折の理由を何度も聞かれた。はっきりと説明できない母に対し、児相の職員はこう告げた。「別室でお預りしているお子様を一時保護しました」
3日後、記憶を必死にたどった母は、病院に行く前日の出来事が、けがの原因かもしれないと思いついた。当時3歳の長男がじゃれてきて、ベビーベッドと自分の体の間に、抱いていた次男の右腕が挟まれた。長男が後ろから突進してきて、自分がバランスを崩しベッドに体重がかかったことを説明したものの、児相は「話が変遷している」と解釈した。
大阪市の児童相談所に長く勤めた、NPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長(76)は「一時保護はやむなし」と話す。「福祉の立場からは『同じような事が再発しないように』と考える。故意か事故かに関わらず、リスクがあるなら一時保護した子は帰しにくい」。母も虐待は否定しつつも「家庭内での子どもの骨折はあってはならない事故」と反省している。
家裁審判「虐待はない」 1年3カ月後ようやく帰宅
近年相次ぐ子どもの虐待死事件を受けて、厚生労働省は全国の児相や自治体に対し、虐待リスクが高い場合はためらいなく一時保護するよう求める通知を出している。一時保護は、暫定的な措置で「原則2カ月」という期限が設けられているが、施設側が必要性を判断したときは家庭裁判所の承認を得て施設入所を継続することができる。
今回のケースでは、けがは骨折で全治3カ月の重傷で、医師が「けがは虐待によるもの」とする意見書を書いたことなどから、児相は親子分離の継続が必要と判断、児童福祉法に基づき、施設入所を求める審判を神戸家裁明石支部に申し立てた。
一時保護の期間中、父母は我が子と自由に会えず、次男との面会は月1、2回に制限された。母は「人見知りが始まって、私たちが行くと泣かれた時は胸が締め付けられ、すごくつらかった」と振り返る。面会の回数を見直すよう頼んでも児相は「こちらの方針です」としか言わなかったという。
家裁は19年8月、児相の申し立てを却下。審判では家裁が「3歳の兄もいて、次男から目を離すこともあったと考えられ、すぐにけがの理由を説明できなくても不自然ではない」とした。さらに「母に虐待を疑う兆候はなかったし、虚偽の説明をしていない。虐待による骨折ではない」と判断した。児相はこれを不服とし大阪高裁に抗告したが、3カ月後に棄却された。次男は一時保護から1年3カ月後、父母のもとに戻った。
明石市長謝罪 市は対応検証、兵庫県は意向示さず
父母は「児相と争わなければ、面会の回数が増えて、家庭復帰も早かったかもしれないが、虐待を認めることが前提と言われた」と明かす。そのうえで、「次男がパパ、ママと呼んでくれるまで何カ月もかかった。子どもが戻ってきたから終わり、ではない」と訴える。父母の代理人弁護士も「乳児という重要な時期の愛着形成が阻害された」と指摘する。
明石市の泉房穂市長は9月、「市の対応に問題があった」として父母に謝罪した。10月7日、毎日新聞の取材に対し「一時保護の妥当性や面会機会の確保などの改善点を、第三者を含めて検証してもらい今後に生かしたい」と話した。
だが、実のある調査になるかは不透明だ。明石市が児相を設置したのは19年4月。それまでは兵庫県の管轄だった。今回、一時保護や審判を申し立てたのは県で、市はそれを引き継いだ形になったが、県は検証の意向を示していないという。
厚労省が19年4~7月、全国の児相で一時保護が終わったケース1万3110件を調査したところ、約16%が保護期間2カ月を超え、1年以上も29件あった。園田学園女子短大の田辺泰美教授(子ども家庭福祉)は「虐待防止のために親子分離を過剰に進めると、親子の交流確保の権利が侵害される面も出てくる」と指摘する。現在、児童福祉法の見直し時期になっており、厚労省が設置した有識者会議は、一時保護の制度や手続きのあり方を議論している。