【突破する日本】菅首相「既得権益」打破へ 学者も容赦なし 日本学術会議の会員任命見送り

日本学術会議の会員任命見送り問題で「菅義偉首相憎し」が高じたのか、首相の学歴や教養を見下す知事やジャーナリストが出てきた。学歴で人を見下すのは、中途半端な学歴なのに自己認識よりも社会の扱いが悪いと感じている者と相場は決まっている。
政治家の能力は学歴と比例しない。政治の世界を多少知った者の周知の事実だ。だが、菅首相には歓迎すべき状況かもしれない。首相の政治手法は意図しているかは別として「ポピュリズム」であるからだ。
ポピュリズムにはさまざまな定義があるが、大きく言えば「大衆の立場からエスタブリッシュメントをたたき、大衆の支持に押されて政策を進めていく政治手法」をいう。
菅首相は秋田の雪深い田舎から上京し、「地盤・看板・カバン」のないところから政治家になった「たたき上げ」を自負している。一流大学出身でもない。大衆そのものだ。その首相が自民党総裁選直後に述べたのは「役所の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打破して、国民のために規制改革を進めていく」だった。エスタブリッシュメントの既得権益を打破するということだ。
具体策として、まずは携帯電話料金の引き下げを求めた。携帯電話会社は「公共の電波」を寡占して、もうけ過ぎているということだった。ここで大衆の大きな支持を得た。内閣支持率は7割を超えた。
行政事務の効率化のために「デジタル化」を打ち出し、これも支持されている。デジタル化が、大学やマスメディアに何をもたらすかは連載第3回と第4回でも述べた。大学教員はリストラの危機に陥り、新聞社やテレビ局は存亡の危機にひんする。
大学教員やマスメディアは、大衆にとってエスタブリッシュメントだ。それが危機にひんすることを大衆は歓迎するかもしれない。国民の支持を受けて、大学の再編統廃合やマスメディアの整理が行われる可能性は高い。
日本学術会議の会員任命見送りは、問題の所在自体を大衆は理解していない。学術会議に特定の政治勢力の関係者が浸透し、任命を見送られた6人にも関係者がいることを、政府もメディアも一言も触れないからだ。大衆は自分たちの生活とは関係のない学者のエライ先生の世界の話と理解している。関心も高くはない。
むしろエスタブリッシュメントの学者先生が既得権益を守ろうとし、政府がそこに斬り込んでいると受け止めている。テレビの街頭インタビューでもそんな声があった。左派野党やメディアの攻勢は、国民には届いていない。菅政権を甘く見ない方がいい。=おわり
■八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了、政治学研究科博士後期課程研究指導認定退学。専攻は憲法学。皇室法制、家族法制にも詳しい。第2回正論新風賞受賞。高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学国際学部教授。内閣官房・教育再生実行会議有識者委員、山本七平賞選考委員など。法制審議会民法(相続関係)部会委員も務めた。著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)、『公教育再生』(PHP研究所)、『明治憲法の思想』(PHP新書)など多数。