文/椎名基樹
◆学術会議問題より橋下徹の言動のほうが気になる
菅総理が日本学術会議の新会員候補6人の任命を拒否した問題が尾を引いている。左派が問題視する「権力の学問への介入」と右派が見直しを求める「税金が投入される組織の存在意義」は、全く次元が違う問題であり、議論は永遠に決着がつかないだろう。
この問題に真っ先に舌鋒鋭く切り込んだのが、橋下徹だった。「学術会議についてメディアは徹底的に検証すべき。おそらく世間の常識からかけ離れた事実が続々と出てくると思う」とツイート。
この発言に端を発し、もともとは権力の学問への介入が問題だったにもかかわらず、学術会議の存在そのものを問う論調に、問題がすり替わっていった感がある。
事実後に、河野太郎大臣は学術会議の見直しを示唆した。この件に関する世論調査では、共同通信調べでは「首相の説明は不十分だ」が72%あった。一方でNNN・読売新聞調べでは「政府が学術会議のあり方を見直す方針であることを“評価する”」と答えた人が58%いた。それぞれ大きな数字である。
右派左派ともそれぞれ別次元で「正しい」主張をしているのだから、それは至極当然のことだ。ただ「説明責任を果たしていない」と「政府が学術会議のあり方を見直す方針であることを評価する」とでは、後者の方がはるかに重い。はっきり言ってしまえば6割の人が「学術会議なんていらない」と答えているのだから。学術会議に対しイニシアチブを握る政権の目論見は、まずは成功したように見える。
しかし、この一件で、事の成り行き以上に私が興味を覚えたのは「橋下徹は一体何目的で政治的発言をしているのだ?」ということだった。
◆政界を引退した理由が未だにわからない
これが東国原英夫ならば、非常に理解ができる。政治を語るタレントとして彼は最も売れていて、ネットで的確な発言をし、政治的なインフルエンサーの立場を固める事は、重要な「仕事の一環」だろう。スキャンダルでタレントとしての価値を失い、選挙に打って出る大博打により再びテレビ界にビッグカムバックした彼は、非常な覚悟と誇りを持ってタレント活動をしていると思う。
TBSテレビ系の情報番組「グッとラック!」のレギュラーコメンテーターとなった橋下徹も、政治タレントの立場を固めるために、ネットで政治的発言をしているか? しかし彼は過去の政治家時代に大阪のテレビ番組で、共演したコメンテーターに対して「小金欲しさで出演している」と蔑んだのではなかったのか?
後に橋下徹はTwitterで「『小金稼ぎの』は撤回します。すみませんでした。ただ政治家である僕らは常に責任を負っていることを理解して下さい。元慰安婦の方への補償の要否について、大谷氏も須田氏も答えることができませんでした(※番組の討論の議題は慰安婦問題だった)。それで済むのがコメンテーターです」と謝罪(?)した。しかしその内容はコメンテーターを軽視する彼の考え方を、さらに強調しただけだった。
橋下徹が純粋に理想の社会を築くために提言をしているのならば、なぜ彼は政治家を引退したのだ? 「大阪都構想」の是非を問う、住民投票の敗北を受けて、その責任を取り橋下徹は政界を引退した。だが責任て何の責任? この住民投票の結果で大阪の市民生活に何の変化があったのだ?
イギリスのキャメロン首相が行ったEU離脱を問うた国民投票は「現行の秩序に不満があるのならば、昔の秩序に戻しましょうか?」という問いだ。そしてまさかの結果として「古い秩序」が選ばれ、イギリスがEU離脱という茨の道を進むことになったのだから、責任を取って辞任するのは当たり前だ。
しかし橋下徹の「大阪都構想」の住民投票は、自らがでっち上げた得体の知れない新しい秩序に対し是か非を問うたのだ。その戦いに敗れたから政治家を引退すると言われても、ただ唖然とするばかりである。なんだか橋下徹にマッチポンプ式の引退劇場を見せられ、煙に巻かれた気持ちだ。しかも、今回また再び、大阪維新の会は「大阪都構想」の是非を問う住民投票を行うと言う。ならば余計に橋下徹が引退した理由が分からなくなる。
◆タレントとしては東国原英夫より下だが……
私は何も「小金発言」の一件で、橋下徹の揚げ足を取りたいわけではない。橋下徹の存在はテレビタレントというスケールではないはずだ。現在、政界でキャスティング・ボートとなり得る存在は、橋下徹と小池百合子くらいだろう。しかし、自分の言葉で明確なメッセージを発信できるのは橋下徹だけだ。その自負は本人が1番持っているのではないだろうか。
また逆に、テレビタレントとしてならば橋下徹は、東国原英夫の足元にも及ばないだろう。才能と経験と何より覚悟が全く違う。
菅内閣が組閣される時、世間では大臣候補として橋下徹の名前が上がった。今回の一件では、彼の発言が多いに自民党を後押しした。政界へ返り咲きを狙っているという噂もある。しかしそれについては、橋下徹は明確に否定した。
ならば結局、橋下徹は「小金」欲しさに政治的発言をしているのだろうか。仮にそうだとしたら、彼が過去に誇示した政治家としての強烈な自負と、自身の現状とのギャップに虚しさを感じないのだろうか? 政治のキャスティング・ボートを握りえる、自らのカリスマを持て余さないのだろうか? 橋本徹は何がしたい? どこに行く? 予想外にそんな思いにたどり着いた、今回の学術会議の問題であった。
【椎名基樹】
1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中