観光客の減少でせんべいがもらえず、激やせしている――。奈良公園(奈良市)のシカを巡り、ネット上でそんな誤った情報が拡散し、菓子などを与えに来る人が相次いでいる。シカは添加物などが入った物を食べると病気になる恐れがあり、保護団体は「十分な食料があるのでやめてほしい」と注意を呼びかける。(前川和弘)
4日夜、奈良公園内の道で男女3人が大きな紙袋からペットフードを取り出し、約20頭のシカが群がって食べていた。
「シカがやせていると聞いたので、たまに来ている」と、一人の女性は話した。記者が「体に良くない」と伝えても、「よく食べるよ」と聞く耳を持たず、3人は餌を与え続けた。
シカは草食動物で、主食は草や木の実。1頭が食べる量は1日4キロほどで、観光客が与える「鹿せんべい」はおやつ程度だという。
鹿せんべいは、消化しやすいように主に米ぬかで作られているが、それ以外の加工食品は下痢や
嘔吐
( おうと ) などの体調不良につながる。特に味付けで香辛料が使われている物は、影響が出やすい。
保護団体「奈良の鹿愛護会」によると、公園には約1300頭が生息。以前から菓子などを与える人はおり、愛護会が注意喚起していたが、今年9月以降、愛護会や奈良県に対し、土産物店などから「車からパンの耳をばらまいている」「夜に残飯をあげている」といった通報が急増した。同じ人が何度も来て、餌をやる姿も目撃されている。
周辺では、新型コロナウイルスの感染拡大で訪日観光客らが大幅に減少。鹿せんべいを与えられる機会が減ったことが、テレビの情報番組などで取り上げられ、「飢えている」との情報がネット上で広まった。
公園周辺には十分な芝やドングリなどがあり、食べ物に不足する状況にはない。しかし、高齢か病気で極度にやせたシカの写真と一緒に出回ったことから、誤解の拡散に拍車がかかったという。
餌やりは以前から、シカを命の危険にさらす危険性も指摘されてきた。
シカは菓子などの味やにおいを覚えると、においが残る包装袋やプラスチックごみを食べてしまうことがある。胃内に詰まれば、栄養失調につながる。
愛護会は以前から、奈良公園で死んだシカのうち、死因不明のケースを調査。昨年3月から1年間に解剖した25頭のうち、16頭の胃からレジ袋などのごみが出てきた。重さ4・3キロの塊になっていたケースもあったという。
餌やりが増えると、こうした状況が悪化する恐れがあり、県と愛護会は10月下旬、「鹿せんべい以外は与えないで」「ごみを食べて死んでしまいますので、ごみを公園内で捨てず、持ち帰ってください」などと記したチラシを土産物店などに配布。観光客らに注意を呼びかけるよう依頼した。
県奈良公園室は「シカが飢えているという情報を信じている人が多く、実際に注意しても開き直られることもあり、困惑している。シカはかわいいが、野生動物。正しい情報に基づいて接してほしい」としている。