生前の娘の番号に電話する母 酒量増えた父 悲しみに夫婦で向き合う

「めぐ。めぐ。ここらへんに居るのかな。聞こえるかい」。娘の菅井恵美(めぐみ)さん(当時31歳)と娘婿が合葬(がっそう)された宮城県岩沼市の寺の供養塔に向かって、田所寿雄(ひさお)さん(74)と妻京子さん(67)は呼びかけた。同県名取市閖上(ゆりあげ)で震災の津波により犠牲となった恵美さん夫婦の遺骨を納める墓は、費用などの問題で再建できなかった。「私も死んだらここに入りたい」。京子さんは涙ぐむ。
恵美さんは切迫流産で、心音なく生まれた。体の弱い末っ子で、特に手がかかった。嫁いでも親思いで、事あるごとに夫婦で帰ってきた。頼りにしていた娘を失った喪失感は大きく、京子さんはうつ病を患った。つながりを求めて、今も誕生日には生前の番号に電話をかける。「おめでとう」。不通の音が鳴るスマートフォンに語りかけると、いとおしさがあふれる。
寿雄さんは月命日には、娘の自宅跡に好物のカフェオレを供えに通った。大けがをして足を引きずるようになっても続けた。かさ上げ工事が進み自宅跡が分からなくなると、遺骨が安置されていた寺に自転車で1時間かけて通った。手を合わせると「一生消えない悲しみ」が胸を重くした。
昨年、永代供養を終えると、寿雄さんは酒量が増えた。先月には、とうとう倒れて病院に運ばれた。京子さんは「復興の陰で私たちのように、泣き続けている人がいるんです」と、これまでを振り返る。
病院から帰った寿雄さんは京子さんと供養塔に向かった。「もう、母ちゃん泣かさねえからな」。改めて夫婦で、積もる悲しみと向き合う誓いを立てた。【写真・文 梅村直承】