新型コロナウイルス対策のまん延防止等重点措置が適用された神奈川県内9市の飲食店には、酒類の終日提供停止が要請されている。居酒屋やバーは要請にどう対応したのか。要請前日の27日と開始日の28日に「飲んべえの聖地」として知られる横浜の飲み屋街・野毛を歩くと、店主たちの悲痛な声が聞こえてきた。
休業前に駆け込み組
27日夕、野毛で65年続く老舗バー「山荘」に次々と客が訪れる。28日から5月11日まで休業を決めたため、常連客が「休業前の一杯」を飲みに来たのだ。午後5時すぎに駆け込んだ男性客は「今日は早めに来ないと入れないと思って」と笑う。
すぐに満席になり、扉を開けた人にマスターの佐田力さん(76)が申し訳なさそうに入店を断る場面も。「ありがたいね」。佐田さんが顔をほころばせる。
店内はボックス席を合わせて15席ほど。飛沫(ひまつ)防止のアクリル板やビニールシートを設置して対策を取ってきた。半世紀にわたりカウンターに立つ佐田さんは「酒の提供ができないなら無理。批判してもしょうがない。国の要請には従うようにしている」と諦めの境地にいる。
閉店時間の午後8時。「次は(5月)12日か。しばらく来れないね」。口々に声を掛ける常連客を佐田さんは見送り、後片付けを始めた。
酒提供なしで様相一変
一夜明けると、街の様相は一変した。28日午後5時過ぎ、普段は明るい時間帯から酔客でにぎわう通りも、歩く人はまばらだ。シャッターを下ろした店や、店頭に「アルコール提供なし」と張り紙をした店が目立つ。
張り紙のある店の中をのぞくと、空席ばかりの店内で店主が暇そうにテレビを見ていた。仕事帰りとみられるスーツ姿の男性が店頭の張り紙をじっと見詰め、「酒類提供自粛」の説明書きを見ると立ち去った。別の店では、入店しようとする客に「お酒の提供できないんですけど、大丈夫ですか」と店員が確認をしていた。
居酒屋「さかなかや」オーナー、中谷行孝さん(54)は、28日からアルコールの提供なしの営業を始めた。休業という選択肢もあったが、店で働くアルバイト4人の生活を守るために営業を選んだ。不安はある。「居酒屋はお酒があって成り立つ。料理だけでお客さんを呼べるのか」と心情を吐露する。
中谷さんが要請を快く受け入れられないのは、行政の対応に不満があるからだ。3月に申請した協力金がまだ入金されないといい「協力する以上、早くしてもらわないと店を回せない。(時短営業や酒類提供停止を)要請するなら早く金をくれ。それが守れないならやめてもらいたい。俺たちだけ苦しんでる」と憤る。
ゴールデンウイーク中はランチ営業もする。ノンアルコールビールの仕入れを増やし、ソフトドリンクメニューを充実させた。やれることはやるつもりだ。「早く事態を収束させたい思いで要請を守っている。これ以上はどうしようもない。これから要請を守らない店もたくさん出てくると思う」
仕事帰りに同僚と酒を飲みに来た50代の男性会社員は「店をのぞいてもだいたいだめ。こんなのは初めて」。歩きながら思いついたように、「あそこなら(酒を)出してるかな」と、別の店に向かった。路上では「お酒あります」と通行人に声を掛ける客引きもいた。
「要請従えぬ」宣言店も
要請に従わない店もある。ある店は酒類の提供を続け、午後8時以降も営業するとフェイスブックで公表した。「社員の生活、各業者との取引、協力金の遅れに対する不安など総合的に判断した」と書かれ「苦渋の決断」だったことをにじませている。県にも相談済みで、命令に従わない場合に科される過料にも対応するとしている。
酒の提供を続ける別の店の男性オーナーも「判断は難しかった。ぎりぎりまでどうしようか迷ったが、お酒がないと経営が厳しい。過料は払うつもり」と話す。別の店は「今までも要請に従わないでやってきた。今更やめるつもりはない」という。どこも経営を続けるためにやむを得ず酒を提供する判断を下しているようだ。
ほとんどの店が明かりを落とした午後8時ごろ。酒を提供する店に客足が途絶えることはなかった。【高田奈実】