またも時の壁、「悔しくてどうしようもない」 旧優生保護法・札幌地裁判決

実名での訴えも、「時の壁」に阻まれた。旧優生保護法を巡る訴訟で、原告敗訴を言い渡した15日の札幌地裁判決。旧法を違憲と判断しつつ、手術から20年以上の経過で賠償請求権が消滅したとして訴えを退けた。「本当に残念で悔しい」。判決後、原告の小島喜久夫さん(79)は無念さをにじませた。
午後3時半過ぎ、札幌地裁805号法廷。「これまで苦労されてきた人生を肌身に感じ、それ故(請求を)認容すべきかどうか直前まで議論に議論を重ねました。しかし、法律の壁は厚く60年はあまりにも長く、このような判断になりました」。判決言い渡し後、こう語り掛けた広瀬孝裁判長を小島さんはじっと見つめていた。「悔しくて悔しくてどうしようもない」。そんな気持ちがこみ上げた。
1941年に生まれて間もなく、養父母に預けられた小島さん。家族との関係が悪くなり、けんかなどの非行に走るようになった。19歳だった60年ごろ、自宅に来た警察官に連れられ強制入院。「あんたたちみたいなのが子どもをつくったら大変だから」。看護師に言われ、不妊手術を強いられた。
21歳でタクシー運転手となり、38歳で妻の麗子さん(78)と結婚。手術のことは言えなかった。「自分には子供ができない」。タクシーに家族連れを乗せるたび、心が痛んだ。
2018年1月、宮城県の60代女性が国を相手取り仙台地裁に提訴したとの報道で旧優生保護法の存在を知り、「国が加害者」と気付いた。麗子さんに手術の過去を告白した。「まさか夫が……。ショックだった」。麗子さんは振り返る。
同年5月に提訴。小島さんは判決後の記者会見で「3年間、裁判のことを一日も忘れたことはなかった」と硬い表情を浮かべた。「裁判長も悩んだというコメントをするくらいなら、(手術を)やられた人間の気持ちを酌んで、国の責任を認めてほしかった」
「一人でも多くの当事者を勇気づけたい」。その思いから、原告として全国で初めて実名を公表した小島さん。「本当に国は悪いことをした。妻と2人で元気なうちは闘っていきたい」と力強く語った。
判決は同種訴訟で初めて憲法24条違反を認めた。弁護団の小野寺信勝弁護士は「従来の判決より前進した。除斥期間や立法不作為をどう克服するかが課題だ」と控訴審を見据えた。【源馬のぞみ、土谷純一】
<判決骨子>
・旧優生保護法は憲法13条、14条、24条に違反する
・民法の「除斥期間」の規定により、不妊手術から
20年が経過した1980年ごろに賠償請求権は消滅
した
・被害者救済のための立法措置は国会の裁量の問題
で、国家賠償法に加えた措置を取らなかったことを
違法とするのは困難