治療法研究、患者の支えに 梶龍兒・国立病院機構宇多野病院長 ALS嘱託殺人

私は筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんを診察しながら治療法の研究を続け、今は難病拠点病院の院長も務めている。ALSと長年向き合ってきたので今回の嘱託殺人事件には衝撃を受けた。女性患者が亡くなる前にできることはなかったのか悔やまれる。
ALSは発症すると数年間で手足をはじめ、呼吸に必要な筋肉がまひし、人工呼吸器を着けなければ死に至る進行性の難病だ。原因は遺伝子の異常など複数考えられており、いずれも最終的には神経細胞が壊れていく。これまでに国内外で100種類以上の薬剤の治験が行われたが、二つを除いて全て失敗してきた。その二つは治療薬として国内承認されているが、病状の進行を遅らせ、平均余命を約90日延ばすといった効果にとどまる。今は有効な治療法がないことが、患者の絶望感につながっている。
私たちの研究チームは、既存薬に用いられるメチルコバラミンという物質を大量に筋肉注射する手法で平均余命を約600日延ばす臨床研究を続け、良い結果が出てきた。海外では一部の遺伝性のALS患者に対する遺伝子治療も、病状の進行を止める効果が期待されている。早期診断、早期治療ができれば大半の日常生活は困らない状態にできる可能性はある。懸命に治療法を研究している人がいて、見捨てられていないと感じてもらうことが、患者の心の支えになると思う。
ただ、現状はALS患者が社会の中で、もっと人間らしく生きられる方法を考えることが先決だ。事件を受けて、難病拠点病院として患者の心のケアまで含めた相談と支援の体制拡充に取り組んでいる。今回の女性患者は実際に診ていないので軽々しく言えないが、不安を和らげることができていたらと思う。当院がそうした役割を担いたい。
医師2人が初対面の患者を薬物で死なせたとされる今回の事件は論外だが、患者の自己決定権の尊重については、国内でも慎重に検討する余地があると思う。
忘れられない出来事がある。かつて担当した入院患者が目の動きでワープロを扱い文章を書いていた。ある日、回診に行ったら「呼吸器を外してくれ、外してくれ」と20行にわたり書いてある。その人の家族は介護のため病院近くに転居しており、迷惑をかけるのがつらいと何回も語っていた。一時の気の迷いではなく、主治医として願いをかなえてあげたいと苦悩した。
日本では一度、人工呼吸器を装着すると終末期の例外を除いて外せない。だから遠慮する人が少なくなく、着用の障壁になっている。患者の自己決定で呼吸器を外せる選択肢もある方が着ける人が増え、救える命も増えるはずだ。【聞き手・千葉紀和】
かじ・りゅうじ
1954年生まれ。京都大医学部卒。医学博士。専門は脳神経内科。徳島大医学研究科特命教授。世界神経学連盟筆頭副理事長、日本神経学会元理事。編著書に「不随意運動の診断と治療」など。