1600年に起きた「天下分け目の戦い」で知られ、文化や習慣面でも東西の「境界」に位置するといわれる岐阜県関ヶ原町。昨年10月下旬にオープンした「岐阜関ヶ原古戦場記念館」に、同町では初の設置とみられるエスカレーターがある。エスカレーターに乗る際、一般的に人は東日本では左側に、西日本では右側にそれぞれ寄って立つとされるが、関ヶ原の観光施設ではどちらが多いかを調べてみた。(乙部修平)
同町の調査結果をまとめた「東西文化の調査報告書」(2016年)によると、ダシを取る時に使う食材や言葉のアクセントといった食や言語、文化などについて、関ヶ原町付近を境に東西で傾向が分かれた。例えば、ダシは東はカツオベース、西は昆布ベース。カレーライスに入れる肉は、東は豚、西は牛、という結果だった。
エスカレーターの乗り方では、町の東隣にある大垣市では左側に、西隣の滋賀県米原市では右側に立つ人が多いことが分かっていたが、担当者は「関ヶ原にはエスカレーターを備えた公共施設がなかったため、検証できなかった」と苦笑する。
そこで記者が調査に乗り出したのが、同館の1階から2階に続く全長約14メートル、幅2人分のエスカレーターだ。連続4時間の間にエスカレーターに乗ったのは212人。このうち、2人で横に並んで乗ったケースを除くと、134人がどちらかに寄って乗っていた。調べた結果、左側に寄ったのが116人で、右側に寄った18人の約6倍だった。
どちらかに寄った人に理由を聞いてみると、「普段は車に乗ることが多いので、左側に寄るのが普通」(関ヶ原町の60歳代女性)、「自然と右側に寄ってしまった」(大阪府の60歳代男性)などと答えてくれた。
来場者が県内外の幅広い地域から来る観光施設であるため、その土地の傾向をつかむのは難しいが、同館は今回の結果に、「県内や愛知県からの観光客が多いため、左側に寄る人が多かったのでは」と推測する。
今回、右側に立つ人は少なかったが、大阪の地域事情に詳しい相愛大学人文学部客員教授の前垣和義さん(74)は、西日本で右側に寄る文化が根付いている背景について、「阪急電鉄のアナウンスがきっかけでは」と説明する。
前垣さんによると、同社は拡張工事に伴い、1967年に阪急電鉄梅田駅(大阪市)にエスカレーターを設置。急ぐ人がスムーズに通行できるよう、右側に寄って左側を空けるようアナウンスしたことを機に、「右側立ち」が徐々に広まったとみられる。
なぜ、右側か。前垣さんは「(圧倒的に多い)右利きの人がベルトをつかみやすいから」と推測。左側に寄る東日本の習慣には「戦後の道路の交通整備に伴い、GHQが、追い越す場合は『右側通行』のルールを東京を中心に広めたからでは」と分析する。
ただ、近年は、左右に寄る必要はないとの意見が広まりつつある。エスカレーターも管轄する日本エレベーター協会(東京都)は、「どちらかの腕が不自由な人もいるので、自分の好きな側に寄って、必ずベルトをつかんで乗ってほしい」と啓発。全国の鉄道事業者や商業施設も、エスカレーターで歩くと事故の危険性があるとして、「片側を空ける必要はなく、ベルトをつかみ、立ち止まって乗ってほしい」と呼びかけている。