劇場やゲストハウスを運営する文化施設「犀(さい)の角」(長野県上田市)は、ゲストハウスの一部を開放し、女性専用の宿泊施設「やどかりハウス」の運営を始めた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、女性からの悩み相談や自殺者が増加したことがきっかけ。人と人がつながり合い、再出発できる居場所の構築を目指す。【坂根真理】
「気軽に家を出て、再スタートできる場がもっとあるといい。困っている人のシェルターというよりは、『もう一つの居場所』として利用してもらえたら」。NPO法人「場作りネット」(同市)副理事長の元島生さん(37)は、そう語る。
元島さんはLINEや電話などの相談業務に携わる。「自粛生活でストレスがたまって子どもに手を上げてしまった」「母親が過干渉でしんどい」「夫からDV(ドメスティックバイオレンス)を受けている」「親から虐待を受けている」――。女性や女子生徒からの相談が絶えないことや、女性の自殺者が増加していることに危機感を抱き、女性が一時的に家を離れることができる「居場所」の必要性を痛感した。
物件を探していたところ、上田市中心部にある犀の角に目が留まった。ここにいるのは支援者ではない。アーティスト、ホームレスの男性、障害を抱える人たち……。「さまざまな人生を生きる人が交差する場所」に可能性を見いだした。
犀の角代表理事の荒井洋文さん(49)に、女性の「駆け込み寺」のような居場所を作ることを提案。荒井さんは「街中の劇場がシェルターをやるって、すごく面白い。海外でも劇場が生活支援の場として活用されていますから」と快諾した。
犀の角側にとっても意味を持つ提案だった。新型コロナの影響で観光客は激減し、アーティストによるライブなどのイベントも開催しづらい状況が続いた。ゲストハウスの利用者も低調。元島さんからの提案を受け、「ここを演劇だけの場所ではなく、もっと社会に開かれた場所にしたいと考えていた。ここに来る人の多くが生きづらさを抱えているから、通じ合えるものが生まれるはず。利用者が増えれば収益も生まれる」と期待する。
やどかりハウスが目指すのは「雨風をしのぐ軒下」のような居場所だ。軒下の重要性を確信した体験があった。元島さんらは生活困窮者が増える年末年始に、食料や日用品を無償提供するイベントを犀の角で実施。初日は大勢が列をなし我先にと争うように品物を持ち帰る姿に、「飢餓感という心の中の怪物を引き出すようなことをやってしまった。僕たちが作ったのは軒下ではなく、施す側と施される側の境界線。貧しい心を出させてしまった」と反省する。
メンバー同士で話し合いを重ね、訪れる人と面談して本当に必要なものだけを持ち帰ってもらうようにしたり、炊き出しをしたりしたところ、来た人の表情が明るく柔和になっていったという。
「困っている人と困っていない人を分けてしまっては支援にならない場合が多い。人と人が顔を合わせてしゃべって、一緒にご飯を食べる時間を共有することで出直せる人がいる」と元島さん。やどかりハウスの目的も「単に困っている人を助けるということだけではなく、困りごとをきっかけにした出会いを街中に作ることで、優しい町づくりのきっかけにしたい」と言う。
料金は1泊500円。利用は原則10日間。利用前にはソーシャルワーカーとの面談があり、支援が必要な人を専門機関につなぐ場合もある。県の相談窓口「にんしんSOSながの」や市福祉課、医療機関とも連携して利用者をサポートする体制も整えた。運営は寄付で賄うといい、募集中。詳細は犀の角のサイト(http://sainotsuno.org/)。問い合わせは午後4時以降に電話(0268・71・5221)へ。