◆G7首脳声明と日本政府発表にあるギャップ
2021年2月19日、G7(主要7カ国)はオンラインで開かれた首脳会議の後、ワクチンを始めとする新型コロナウイルス対応等の方針が述べられた首脳声明を英語で発表した。この首脳声明では東京オリンピックについても言及されており、日本政府は「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、五輪を開催する日本の決意がG7に支持され、その点が首脳声明に明記された」という主旨の発表をした。しかし、首脳声明の英語原文を確認すると、この政府発表に「ニュアンスの差異」があることがすぐに分かる。それにもかかわらず、多くの国内メディアは政府の大本営発表をそのまま垂れ流し、「誤訳」なのではないかとSNSでも物議を醸した。
そこで本記事では、首脳声明で東京五輪について言及された箇所に着目し、日本政府の発表内容とどのようなギャップがあるのかを明らかにし、メディアがどのように報じたかのかを検証していく。
◆声明の英文はどう書かれていたのか?
まず、首脳声明の英語全文を確認すると4880字もあるが、東京オリンピックについて言及されているのは最後のわずか3行であり、146字に過ぎない。国内メディアはG7後に東京オリンピックに関する内容を重点的に報道していたが、そもそも文字数にして全体のたった3%程度しか割かれていない議題だったことが分かる。
〈*英語全文は外務省Webサイト「G7 Leader’s Statement 19 February 2021」を参照〉
以下、東京オリンピックについて言及した箇所を原文のまま引用する。
「we support the commitment of Japan to hold the Olympic and Paralympic Games Tokyo 2020 in a safe and secure manner this summer as a symbol of global unity in overcoming COVID-19. 」
直訳すると、以下のような意味になる。
「新型コロナウイルスを克服した世界的な団結の象徴として、今夏に東京オリンピック・パラリンピックを安全・安心に開催する日本の決意を支持します。」
一方、日本政府の発表は以下のようなものである。
〈*外務省Webサイト「G7首脳テレビ会議」より東京オリンピックに関する箇所を引用〉
「菅総理大臣より、人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する決意を述べ、安全・安心な大会を実現するために、IOCとも協力し、準備を進めていく旨発言しました。日本の決意に対し、G7首脳からの支持を得て、この点が首脳声明に明記されました。」
G7が日本の決意を支持したことは事実だが、G7が日本のどのような決意を支持したのかという点において、G7と日本政府の発表内容に大きなギャップがあることにお気づきだろうか。そのギャップをスライドを用いて図解していきたい。
〈*本記事をスライドが表示されない配信先で読んでいる方は、ハーバー・ビジネス・オンラインの本体サイトでご確認ください〉
G7が支持した内容は何だったのか。上記の原文に基づいて両者の発表を整理すると以下のようになる。
G7の発表:
新型コロナウイルスを克服した世界的な団結の象徴として、安全・安心に五輪を開催するという日本の決意
日本政府の発表:
人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、五輪を開催するという日本の決意
G7は「世界的な団結の象徴」として「安全・安心」に五輪を開催することを支持したのであって、日本政府が主張するような「人類が新型コロナウイルス に打ち勝った証」として支持したというのはだいぶニュアンスが異なる。英語の原文を読めば分かる通り、そのようなニュアンスは一言も書かれていない。それにもかかわらず、「この点が首脳声明に明記されました」という政府の主張は真っ赤な嘘と言わざるを得ない。
◆4つのメディアの報じ方を比較して見えてきたこと
英語が得意というわけではない筆者であっても、原文を確認すれば日本政府の発表は嘘であるとすぐに気づくことができた。しかし、多くの国内メディアは政府の嘘をそのまま垂れ流して報道し、多くの国民に「人類が新型コロナウイルス に打ち勝った証として五輪を開催するという日本の決意をG7が支持した」という誤った印象を与えてしまった。4社のニュース内容を具体的に確認しながら、問題と思われる箇所を指摘していきたい。
◆英文のG7決議声明との違和感が残るTBS、NHK報道
<1例目:TBS>
「菅首相は初参加、G7 五輪開催 日本の決意支持」
”G7=主要7か国の首脳会議が開かれ、菅総理が表明した東京オリンピック・パラリンピックの開催への決意を、G7全ての国が支持しました。
G7首脳会議はテレビ会議方式で開かれ、初めて出席した菅総理は、東京オリンピック・パラリンピックについて「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」として、開催する決意を表明しました。この決意に対し、他の全ての国から支持があったということです。
「『安全安心の大会を実現したい』、そうしたことを私から発言し、G7首脳全員の支持を得ることができました。大変心強い、このように思っています」(菅義偉首相)”
*上記のニュース内容はTBS NEWSより引用(最終アクセス:2021/2/21 17:00)
このTBSの報道内容を検証すると、見出しや1段落目で「五輪開催の決意をG7が支持した」と述べていることは事実であり、特に問題はない。だが、2段落目の「「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」として、開催する決意を表明しました。この決意に対し、他の全ての国から支持があった」と述べていることはかなりニュアンスが異なる。前述した通り、G7が支持した決意は、「世界的な団結の象徴として安全・安心に五輪を開催すること」であり、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、五輪を開催すること」ではない。
<2例目:NHK>
「菅首相 東京五輪・パラ実現に“G7の首脳全員の支持を得た”」
”菅総理大臣は、G7=主要7か国の首脳によるオンライン形式の会議のあと記者団に対し「新型コロナ対策を中心に議論を行った。日本の感染状況や対策を発表し、評価を得ることができた。感染収束の決め手となるワクチンについて、公平な形で配分させることの重要性について議論し、その方向で一致した」と述べました。
また、東京オリンピック・パラリンピックについて「ことしの夏、人類がコロナとのたたかいに打ち勝った証しとして、安全・安心な大会を実現したいということを私から発言し、G7の首脳全員の支持を得ることができた。大変心強いと思う」と述べました。
(中略)
G7 首脳声明の内容
(中略)
新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の結束の証しとして、ことしの夏に安全・安心な形で、東京オリンピック・パラリンピックを開催するという日本の決意を支持するとしています。”
*上記のニュース内容はNHK NEWS WEBより引用(最終アクセス:2021/2/21 17:00)
このNHKの報道内容を検証すると、1例目のTBSと全く同じ問題点を2段落目で指摘できることに加えて、致命的な問題点が最終段落にある。中略を挟んだ後にG7首脳声明の全文の日本語訳が掲載されているが、東京五輪について言及されている箇所が完全な誤訳になっている。冒頭で紹介した通り、英語の原文には「新型コロナウイルスに打ち勝つ証として開催」というニュアンスは1文字も書かれていないにもかかわらず、首脳声明の日本語訳として「新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の結束の証しとして、ことしの夏に安全・安心な形で、東京オリンピック・パラリンピックを開催するという日本の決意を支持する」と書いてしまっている。
◆日経新聞も短文ゆえに日本政府の言い分をほぼそのまま
<3例目:日本経済新聞>
さらに日経新聞を見ていこう。
「G7多国間主義へ転換、首脳声明 ワクチン支援7900億円」では、メインの本文では経済面の話が中心。オリンピックについての言及は表組みでまとめられた「G7首脳声明のポイント」という箇所で、”東京五輪:新型コロナに打ち勝つ世界の結束の証しとして開催する日本の決意を支持”という短文だけにとどまっていた。
この日本経済新聞の報道内容も、1例目のTBSや2例目のNHKと同様、「新型コロナに打ち勝つ世界の結束の証しとして開催する日本の決意を支持」と書いているが、繰り返し述べてきたようにG7が支持した決意は「世界的な団結の象徴として安全・安心に五輪を開催すること」であり、ニュアンスが異なる。しかも、その内容を首脳声明のポイントとして大きく記載してしまっている。
◆ロイター報道を見るとだいぶ異なる印象に……
<4例目:ロイター>
「G7首脳、声明で日本の決意支持 今夏の五輪開催」
”主要7カ国(G7)の首脳は19日に開いた会議後に声明を出し、今夏に東京五輪・パラリンピックを開催するとした日本の決意に支持を表明した。新型コロナウイルスの感染が世界的に収束しない中、約5カ月後に迫る五輪は開催に向けた不透明感がぬぐえないでいる。
英国が議長国の今回のG7首脳会議はテレビ電話で開催。菅義偉首相は、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして(今夏の五輪を)開催する」と従来の見解を改めて示した。
G7首脳はこれに呼応する形で「今年の夏に安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催するという日本の決意を支持する」との声明を出した。”
*上記のニュース内容はREUTERS より引用(最終アクセス:2021/2/21 17:00)
ここまで国内メディアが続いたが、最後にイギリスに本拠を置く外国メディアであるロイターの報道内容を検証する。まず、最後の4段落目にて、G7が支持したのは「安全・安心な形で五輪を開催すること」と正確に報じている。日本政府の発表内容に引きずられた1~3例目の国内メディアと異なり、首脳声明の原文に忠実だ。
また、国内メディアは決して書かなかった以下の2点も率直に書いており、外国メディアでありながら最も正確に日本のニュースを伝えているという皮肉な結果となった。
・五輪開催に向けた不透明感がぬぐえないこと(1段落目)
・菅総理は「人類がコロナに打ち勝った証として開催」という従来の見解を改めて示したこと(2段落目)
以上4社の報道内容の検証を踏まえると、日本政府が都合よく修正した大本営発表を国内メディアがそのまま垂れ流すことを続けていると、国内メディアから情報を得ている国民の認識は世界の認識と大きくかけ離れていってしまう。日本の正確な情報を知るには、外国メディアからの情報に頼らざるを得ないという本末転倒な状況が今後さらに加速してしまう恐れがある。
<文・図版作成/犬飼淳>
【犬飼淳】
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いぬかいじゅん●サラリーマンとして勤務する傍ら、自身のnoteで政治に関するさまざまな論考を発表。党首討論での安倍首相の答弁を色付きでわかりやすく分析した「信号無視話法」などがSNSで話題に。noteのサークルでは読者からのフィードバックや分析のリクエストを受け付け、読者との交流を図っている。また、日英仏3ヶ国語のYouTubeチャンネル(日本語版/ 英語版/ 仏語版)で国会答弁の視覚化を全世界に発信している。