深刻な鳥獣害の対策として、国は2020年度に初めて全国的な集中捕獲キャンペーンを実施した。和歌山県は早くから対策を講じ、鳥獣捕獲数は伸びており、全国の都道府県で唯一、イノシシやシカの肉質等級制度を設けるなどジビエの活用にも積極的だ。それでも年間3億円超の被害があるという。中山間地域の小さな集落で狩猟からジビエ販売まで手掛ける田辺市上芳養の日向(ひなた)地区を訪ねた。【竹内之浩】
底冷えがする2月半ば、里山の雑木林で辻田直樹さん(38)は獣道に深さ15センチほどの穴を掘り、くくりわなを仕掛けた。「この時期の雌のイノシシは脂がのって一番おいしいんです」。辻田さんは狩猟やジビエ販売などを行う地元の会社「日向屋」のメンバーだ。同社では日向地区を中心に約40基のわなを仕掛け、年間100頭ほどを捕獲している。
狩猟に乗り出したのは16年。高齢化に伴う耕作放棄地の増加と狩猟者の減少で鳥獣害が深刻化した。地区で狩猟をしていたのは60代の2人だけ。イノシシに食べられたミカンの皮が農園に散乱し、梅の新芽はシカに食い荒らされた。「このままでは基幹産業が保てない」と、後に同社社長を務める岡本和宜さん(42)や辻田さんら若手5人が狩猟チームを結成した。
最初は順調だったが、捕殺を繰り返すことに心を痛め、「意味のある駆除にしたい」と考えたのがジビエの活用だった。18年に紀州ジビエ生産販売企業組合の解体加工施設「ひなたの杜」を誘致すると共に、狩猟チームを「日向屋」として法人化した。
加工するのは同組合理事の湯川俊之さん(43)。捕獲の連絡が入ると現場に行き、目にかなったものだけを選ぶ。「納得できる肉を施設から出荷し、地区の活性化に協力したい」と話す。近畿を中心に全国のレストランやホテルに卸している。
岡本さんらが次に考えたのが、料理を通じたジビエの普及で、格好の人材がいた。ジビエ料理コンテストで最優秀賞を受賞したこともある地元出身の料理人、更井亮介さん(31)。岡本さんらの取り組みを知って帰郷し、20年3月に地区内に地元ジビエを扱うフレンチレストラン「キャラバンサライ」を開いた。更井さんは「命を頂くことの意味を伝えたい」と語る。
チーム結成から5年。鳥獣害は大幅に減少する一方、日向屋のメンバーは移住者を含めて約10人に増えた。高齢化や担い手不足に対応した農作業の受託、耕作放棄地を活用した園児への食育、農業・狩猟体験など、活動は幅を広げている。岡本さんは「地域で課題を共有し、鳥獣害対策のモデルになれるように取り組みたい」と力を込める。