福岡県
篠栗
( ささぐり ) 町で昨年4月、5歳の
碇翔士郎
( いかりしょうじろう ) ちゃんが餓死し、母親と知人の女が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、起訴された事件は、福岡児童相談所や町が5か月前から一家の見守りを続けてきたが、幼い命を救うことはできなかった。背景を探ると、異変の兆候が見過ごされ、児相がリスクを十分に把握できていなかった実態が浮かび上がる。(村上喬亮、佐藤陽)
2019年9月。夏休み明けに幼稚園に来た翔士郎ちゃんの顔色は悪かった。小学生の兄2人も痩せ細り、園や学校の身体測定では3人とも体重が減っていた。園などは町に連絡し、同11月から、児相や町でつくる「要保護児童対策地域協議会」が見守りを始めた。
ただ、翔士郎ちゃんは同月を最後に登園しなくなり、翌20年1月に退園。このため協議会は、学校で毎月体重を測定し、生活状況を細かく聞き取っていた兄2人の健康状況を兄弟3人を見守る「指標」にした。結果的に翔士郎ちゃんは、見過ごされる格好になった。
協議会関係者によると、給食のおかわりなどで体重を増やした兄2人と対照的に、幼稚園で食事の機会を失った翔士郎ちゃんは痩せていった。関係機関による最後の体重測定は、退園前の19年10月。この時は15キロ程度で平均を下回っていたが、異常なほど痩せてはいなかった。
この半年後、翔士郎ちゃんの体重は1歳半健診と同じ約10キロにまで落ち込み、死亡した。この間、児相は職権で体重を測ることもできたが、「兄らの状態から切迫した状況とは思わなかった」として踏み込まなかった。
見守りが始まった19年11月、一家は生活保護の受給を開始。関係機関の担当者は一様に「生活費が支給され、少なくとも食べるのに困ることはないと安心した面はあった」と話した。
しかし、起訴状によると、翔士郎ちゃんはこの頃には母親の碇利恵(39)、知人の赤堀恵美子(48)両被告から十分に食事を与えられていなかったとされる。赤堀被告は、自分が提供する食事だけで暮らすように碇被告に指示し、生活保護費などをだまし取った。赤堀被告は否認している。
捜査関係者などによると、一家の暮らしは困窮し、電気やガスが止められた。「子どもが一人で外にいる」など虐待を疑わせる通報もあり、県警は育児放棄などの疑いで児相に通告した。
児相は20年1月と3月の2回家庭訪問し、3月11日には翔士郎ちゃんに会い、目視のみで身体的虐待はないと判断。ただ、赤堀被告とみられる女が「母親は1か月体調不良だ」と面会を断ったため、碇被告に会わないまま虐待リスクは低いとした。3ランクのうち、児相主体で定期的に面会するA、Bではなく、町など他機関に見守りを任せるCとした。
同12日には、翔士郎ちゃんの祖母が一家の安否確認を児相に依頼。相談は亡くなる10日前まで続いたが、児相が新たな対応を取ることはなかった。福岡児相の森本浩所長は「いずれかの時点で体重を測るべきだった。そこは足りなかった。母親に早期に面会できれば、リスクをキャッチできたのではないかと思っている」と語った。
町は一家に30回以上接触を試みたが、赤堀被告が「(母親は)対人恐怖症」などと介入を拒み、碇被告に会えないことが多かった。ただ、赤堀被告の存在が協議会で問題になることはなかった。町関係者は「見守る児童は130人程度いて、細かい対応の話は出にくい」と明かす。
県警が20年に児童虐待の疑いで児相に通告した件数は約5900件で、16年の約3・6倍。全国の警察でも昨年、初めて10万件を超えた。国は虐待に対応する児童福祉司を21年度末までに17年度比で約2000人増員し、5200人態勢にする。児相と市町村の連携も進めているが、餓死を防ぐことはできなかった。
元児相職員で家庭問題カウンセラーの山脇由貴子さんは「今回は身体的虐待ではなく育児放棄が疑われていた。母親が病気という情報がある時点で、深刻化していることがうかがえる。他機関との連携は大事だが、専門機関である児相の調査が必須だった」と指摘する。
県は児相の一連の対応について、第三者でつくる部会で検証する。