「無罪になるまで死ねん」日野町事件・再審開始を待つ遺族の思い

滋賀県日野町で1984年、酒店経営の女性(当時69歳)が殺害され金庫が奪われた「日野町事件」の第2次再審請求審で、大津地裁が2018年7月に再審開始を決定して2年8カ月が過ぎた。検察側が即時抗告し、審理は大阪高裁に移ったが、裁判長が3回交代するなど先行きが見通せない状況だ。強盗殺人罪で無期懲役が確定し、服役中に75歳で病死した阪原弘さんの長男、弘次さん(59)は「高齢の母が生きているうちに再審無罪を勝ち取りたい」と訴える。
最初の裁判長の下では、高裁、検察、弁護側の3者協議は一度も行われず、20年6月に別の判事に交代した。この判事は06年、大津地裁で第1次再審請求を退けており、弁護団は「公正性に疑義が生じる」と交代を要請。高裁は担当部を変更して岩倉広修判事が裁判長になった。
21年2月にようやく初めての3者協議が開かれ、裁判所が検察側に反論や主張の補充を促すなど、「山が動きつつあった」(弁護団)が、岩倉判事は3月1日付で依願退職。石川恭司判事が4人目の裁判長に就任した。
阪原さんの逮捕から30年以上、無罪を信じて闘ってきた家族は、裁判長が3回も交代する現状に失望する。弘次さんは「また一からかと思うとショックが大きい。岩倉判事の下で再審開始決定が出ると期待していた。最後まで責任を持って担当してほしかった」と声を落とす。
母のつや子さん(83)は、数年前に脳梗塞(こうそく)で救急搬送され、言葉が出にくくなるなどの後遺症があり、一日も早い無罪判決を望む。「つらいことがたくさんあって何度も泣いてきた。(再審)無罪になったらいつ死んでもええ。それまでは絶対死ねん」と繰り返した。【小西雄介】
法制化されていない再審での証拠開示
阪原弘さんの遺族が申し立てている第2次再審請求では、新たに開示された証拠から、有罪判決の根拠の一つとされてきた写真を県警が入れ替えた疑いが判明し、再審開始決定につながった。しかし、再審での証拠開示について定める法律はなく、関係者は「法制化すべきだ」と訴える。
事件は直接的な証拠に乏しく、確定判決では阪原さんが金庫の発見現場まで自分で案内できたことが有罪の大きな根拠とされた。県警作成の調書には、腰縄をつけた阪原さんが警察官の前に立ち、現場への方向を指し示す写真など全19枚が添付されている。
しかし、第2次請求の過程で、裁判所の勧告で検察側から開示された写真のネガを弁護団が精査。「案内に向かう」とされた写真の多くは、帰り道に阪原さんの向きを逆にして撮影していたことが判明した。検察側は「意図的ではない」と主張したが、2018年の大津地裁決定は「調書は捜査の過程を正確に記録したとは到底言えない」として、「捜査官の軽率な態度は厳しく非難されるべきだ」と批判。自白についても、遺体の損傷や金庫の破損状況などと矛盾するとして「信用性は認められない」とした。
弁護団長の伊賀興一弁護士は「有罪を勝ち取るために、わざと写真を入れ替えたのでは。ネガが確定審段階で開示されていれば、その時点で無罪が言い渡されていたはずだ」と憤る。
通常の刑事裁判では05年施行の改正刑事訴訟法で、殺人などの対象事件で公判前整理手続きが定められ、証拠開示手続きによって一定程度、検察から弁護側に証拠が示されるようになった。16年の改正では検察が全証拠リストを開示することも義務付けられたが、再審に関する規定はない。
再審の証拠開示を巡っては、他の事件でも問題となっている。東近江市の湖東記念病院で入院患者への殺人罪で服役後、20年に再審無罪が確定した元看護助手の西山美香さん(41)のケースでは、最高裁で再審開始が認められた後、患者が「たん詰まりで死亡した可能性がある」と他殺を否定する医師の所見が記された捜査報告書が開示された。
西山さんの弁護団長の井戸謙一弁護士は「無罪を示す証拠は他にもあるはずだ。再審請求の段階から証拠の全面開示を義務づけるよう法制化すべきだ」と話した。【小西雄介】
冤罪救済へ早期の法改正を
元裁判官の水野智幸・法政大法科大学院教授(刑事法)の話
再審請求に関する法律の規定があまりにも少なく、一番の問題は証拠開示だ。検察が開示していない証拠から再審無罪が導かれることは少なくない。審理の進行に関するルールもなく、現状は通常の裁判の後回しにされる傾向にある。3者協議の申し立てがあった場合、速やかに開かれるよう法律に明記すれば、停滞はある程度解消されるだろう。再審開始が遅れる要因の一つである、検察側の抗告はなくすべきだ。再審請求審はあくまで中間的な判断で、主張は再審公判ですればよい。請求人や家族が高齢化するケースは後を絶たず、冤罪(えんざい)を早期に救済するため法改正が必要だ。
日野町事件
1984年12月、日野町で酒店経営の女性(当時69歳)が失踪し、85年1月に同町内の草むらで遺体で発見。同4月に山林で金庫が見つかった。88年、県警は阪原弘さんを強盗殺人の疑いで逮捕。阪原さんは公判で無罪を主張したが、大津地裁は95年に無期懲役を言い渡し、2000年に最高裁が上告を棄却。再審請求も06年に大津地裁で棄却され、即時抗告したが、阪原さんの病死で審理は11年に終了した。12年に遺族が再び再審請求し、18年7月に大津地裁は再審開始決定を出したが、大津地検が大阪高裁に即時抗告した。