新型コロナウイルスの収束が見えない中、感染対策が強まる一方で、子供たちの健康や発育、居場所が脅かされる事態も起きている。教育現場の戸惑いや新たな取り組みを取材した。
「子供にマスクを着けさせないなら、全ての保護者に説明できますか」
2021年2月、香川県三豊市に住む30代の母親は、息子が通う幼稚園の複数の保護者から園に呼び出され、そう問い詰められた。園長や入学予定の小学校校長、市教委職員らも同席しており「まるで『マスク裁判』。犯罪者のような扱いだった」。逃げるように退席した当時を振り返り、母親は言葉を詰まらせた。
この幼稚園は大勢が集まる部屋では新型コロナ対策でマスクを着用する決まりとなっていた。しかし、息子が「マスクを着けると頭が痛い」と訴えたため、脳の酸素不足を心配した母親は園に事情を話し、20年5月からマスクを外して通園させた。
園長は「強制はできないので、保護者の判断に任せる」と容認。母親は感染対策として、息子にせきが出た場合はすぐに園を休ませていた。だが、他の保護者からは「うちは高齢者がおるけん、うつされたら困る」などとマスク着用を求められた。21年2月に園に呼び出された際は、息子の体調などを説明したが聞き入れてもらえなかった。ショックのあまり3月の卒園まで息子を園に通わせることもほとんどできなくなった。
さらに春に入学予定の市内の小学校からは「教室ではマスクを原則着用する」などと記された書類に判を押して入学前に提出するよう求められた。
「これでは、子供たちが本当に暑くて苦しいときにもマスクを外せなくなる」。母親は書類を提出せず、学校側と話し合った結果、「あたまがいたくなるのでマスクをつけられないよ」と書かれたバッジを名札の下に着けることで決着した。母親は「子供目線で着用するかしないか決めさせて」と訴える。
体育では熱中症の恐れ
夏場、心配なのは体育の時間だ。大阪府高槻市では2月、小学5年の児童が走っている最中に突然倒れ、その後死亡した。走行中にマスクを着用していたかは不明だが、学校は生徒に「感染が心配な人は着けたままでもよい」と伝えていたという。福岡県内の中学校では5月末、運動会の練習中の8人が熱中症のような症状で病院に運ばれた。「競技中と競技直後は人との距離を取ってマスクを外してもよい」と呼びかけていたが、原則マスクを着用するよう指導していた。
文部科学省の教職員向けマニュアルでは「体育の授業でマスクの着用は必要ない」と明記する一方で、十分な距離がとれない状況で熱中症などのリスクがない場合はマスク着用を求めている。このため、現場の判断によるところが大きく、「暑さで息苦しいと感じた時などにはマスクを外すなど、自身の判断でも適切に対応できるように指導する」と子供自身の判断を重視する姿勢も示す。
ただ、現場の教員からは「子供が声を上げづらい現状をわかっていない」と国の方針を疑問視する声もある。女性教諭(41)が勤務する高松市内の中学校では「5月の体育祭を無事開催するため、なるべくマスク着用で練習に臨む雰囲気があった」と振り返る。
その後、高槻市の児童死亡報道もあり、この中学では「マスクの着脱が必要」との意見が教員から出たが、生徒に対し「この競技はマスクを外してもよい」という明確な指示は出なかったという。無観客で行われた体育祭当日は、教員がマスクを外すよう強く求めたリレーなど2競技以外は、ほとんどの生徒がマスクを着けたままだった。
女性教諭は「『マスクを外してもいいよ』と伝えても、外せない子が多い」と指摘する。教室ではマスク着用が当たり前になり、外すのをためらう生徒も多いとみられる。さらに「教員側にもマスクを外すよう率先して言いにくい雰囲気がある」と打ち明ける。別の小学校の30代男性教諭は「学校側が積極的にマスクを外すよう促せないのは、対策不足の指摘を避けるためでは」と話す。
素顔伝えられぬ保育士たち
0~2歳児11人が通う高松市春日町の小規模保育所もも。「ほら、ボール投げるよ」。元気よく走り回る子供たちを世話する保育士は全員マスク姿だ。
2歳未満については日本小児科医会が呼吸や心臓の負担になることや、窒息のリスクなどを理由にマスクを着けさせないよう呼びかけており、この保育所の乳幼児もマスクは着けていない。しかし、県内のほとんどの保育園や幼稚園では保育士ら世話する大人には着用を求めており、素顔がほぼ隠れた状態で乳幼児に接する期間が1年を超えている。
「もも」の西谷美香所長(39)は「以前より表情が伝わりにくく、大人の顔を見分けられるのだろうか」と心配する。表情を見せるために透明なフェースシールドの使用も検討したが、乳幼児が興味を持って触ってしまうことや、マスクに比べて飛沫(ひまつ)が飛びやすい懸念もあり、導入を見送った。
現在は豊かな表情を伝えることが特に重要な歌や絵本の読み聞かせの時間に限って、距離を取った上で口元の動きが分かる透明なマウスシールドを着用している。認定こども園やしま幼稚園(同市屋島西町)も「小さい子は大人の表情を見て成長する」と考え、歌の時間は距離を取り、教員がマスクを外して歌っているという。
保育や幼児教育施設では、4~5月の感染拡大で参観日やPTA活動の中止が相次ぎ、保護者は各施設の対応が分かりにくくなっている。そこで、3歳と1歳の子を持つ元看護師の吉岡由衣さん(35)=高松市在住=は、周囲の母親たちに声を掛け、子を取り巻く状況についてテレビ会議システムでこれまでに3度、語り合った。
吉岡さんは保育士のマスク着用について「顔をほぼ見られないので言葉の発達に影響が出ないか心配」と指摘。他の母親からも「給食も『黙食』で、コミュニケーションを学ぶ機会が奪われていると感じる。感情の出し方を学べていないのでは」「マスク生活の長期的な影響が心配」といった意見が相次いだ。
大人が日常的にマスクを付ける期間が続くのは未曽有の事態なため、乳幼児への長期的な影響を示すデータは存在しない。しかし、香川大の松本博雄教授(47)=発達心理学=は「大人の『自粛生活』の1年と、乳幼児期から学童期の子供がふれあいやコミュニケーションを制約されながら過ごす1年の重みは全く異なる。感染対策が子の発達や成長に影響を及ばさないか気を配るべきだ」と強調する。
4~5月は感染力の強い変異株の増加に伴って県内でも家庭内感染が増えている。子供の保育や教育現場を守るためには、ウイルスを持ち込ませない工夫が必要だ。「もも」では登園後に熱を出した場合、従来は38度以上で保護者に迎えに来てもらっていたが、コロナ禍を受け37・5度以上に基準を厳しくした。家族が出張などで感染拡大地域を行き来した場合は、2週間は保育所を休ませるようにお願いするほか、陽性者と接触した家族がPCR検査を受ける場合は、陰性の結果が出るまでは登園させずに自宅待機してもらうなど、対策を徹底している。
児童生徒らのマスク着用については、文部科学省が「身体的距離が十分とれないときはマスクを着用するべきだ」と指針に明記していることもあり、幼稚園児は年少からマスク着用を求める園が多い。吉岡さんは「保育や教育の現場では子供への影響を考えて柔軟に対応してほしい」との願いから、今後も保護者間で情報を共有していくつもりだ。【西本紗保美】