熱海土石流、迫る命のリミット 捜索阻む泥、悪天候「歯がゆい」

静岡県熱海市を襲った土砂災害で、大量の土石流に見舞われた伊豆山(いずさん)地区のうち、二つの集落に5日、足を踏み入れた。生死を分けるタイムリミットとされる「72時間」が6日午前に迫る中、堆積(たいせき)した大量の泥が捜索や復旧作業を阻んでいた。
海から直線で500メートルほど上った場所に位置する岸谷集落。幅数十メートルにわたって土石流が家々を押し流した。高台に立つと、泥の中にむき出しになった住宅の土台が残り、なぎ倒された電柱から電線が垂れ下がる光景が目に入った。今も灰色の濁流が音を立てて泥を流し続けている。
この集落では今も、安否が分からない住民が複数いる。妻の路子さん(70)の行方が分からなくなった田中公一さん(71)はこの日も現場付近で捜索作業を見守った。家の向かいにあった鮮魚店も流された。「店を営んでいた母子の安否が分からない」。その方向を見渡すと、20軒近くの住宅が押しつぶされた様子が見て取れた。
足元に残る泥に踏み入っただけで、捜索の大きな障害になっていることが分かる。粘性が高く、15センチほどの深みに入るだけで足を取られて満足に動けない。周囲では、胸まで泥にまみれた警察や消防の職員が頻繁に行き交っていた。
元々、伊豆山地区は山あいの斜面に家が建ち並び、その間に細い道が張り巡らされている。5日に一帯を視察した川勝平太知事によると、道をふさぐ泥が深さ1メートルほどたまった場所もあり、重機が入れないため、「手作業での活動にならざるを得ず、難しい状況」という。
その後、伊豆山地区の中でも海に近い浜集落に入った。上流から流れ込んだ大量の土砂が国道135号にかかる「逢初(あいぞめ)橋」を埋め、100メートル以上にわたって道路沿いの市街地に流れ込んだ。
発生3日目でも流木や大量の土砂が残る。商店のシャッターは押しつぶされたように内側にへこみ、泥のしぶきは建物2階まで及んでいた。タクシー会社の事務所には、根元からむき出しになった大木が刺さるように入り込んでいた。
橋のたもとには、潰れた木造住宅ががれきとなり、山積みのままになっていた。それは2階建ての貸しアパートだった。大家の妻によると、アパートには2世帯3人が住んでいた。2階の夫婦は無事を確認したが、1階に住んでいた女性(81)と連絡が取れない。「最初の土石流の直後、主人が『逃げて』と電話をしたら『分かった』と言っていたのに、その後応答がなくなって……」
一帯の捜索や復旧を担っている警視庁によると、こうした安否不明者の情報は複数寄せられ、土砂の中に被災者が埋まっている可能性を常に考えながらの作業にならざるを得ない。5日も「この建物の下に埋まった人がいるかもしれない」という情報があり、集中的に探した。結局見つからなかったが、スコップや棒で泥を少しずつかき、人がいないと分かれば重機を入れる。「どうしても時間と手間がかかる。悪天候で作業を中断することも度々で歯がゆいです」(警視庁の担当者)という。
橋の下流部、河口付近にある住宅では5日午前、車いす利用の80代夫婦と別の50代女性から熱海市災害対策本部に「家の周囲が土砂に埋まって出られない」と救助の要請があり、警察官らが救出した。3人とも体調に問題はなかった。
商店の前にあるエアコンの室外機に、泥にまみれた数枚の年賀状が置かれていた。捜索作業の中で見つかったものだろうか。日々の暮らしが一瞬の土石流にのみ込まれた様子が浮かんだ。警察による作業は、夜になっても続いていた。【春増翔太、木原真希】