「もう一度声を聞きたい」鳴らした携帯、願い届かず 熱海土石流

静岡県熱海市伊豆山(いずさん)地区で起きた土石流は、発生から6日目の8日、亡くなったうちの1人が地区に住む木村京子さん(84)だったと新たに発表された。友人たちは3日の土石流災害の発生後、無事を信じて、携帯電話を鳴らし続けた。だが、呼び出し音だけがむなしく響き、「もう一度声を聞きたい」との願いは届かなかった。
「物静かで、温厚な人だった。助かってくれればと願っていたけれど……」。木村さんの友人で伊豆山地区に住むパート従業員、高橋里子さん(72)は8日、悲しみに言葉を詰まらせた。木村さんの住むアパートは逢初(あいぞめ)橋の近くにあり、土石流で流されていた。無事を確認しようと、木村さんの携帯電話を鳴らし続けた。数十回かけても電話に出ることはなかったが、握りしめた電話口からは呼び出し音が聞こえていた。「生きているかもしれない」。望みを持ち続けていた。
高橋さんによると、木村さんは30年以上前に伊豆山地区に移り住み、市内の観光ホテルなどでマッサージの仕事をしていた。同じ茨城県出身という縁で親しくなり、連れだって近くのそば屋や温泉に遊びに行った。口数は多くないが、人当たりの良い性格だった。
最後に会ったのは4月末。木村さんから「カステラをもらったんだけど、食べに来ない?」と誘われた。自宅を訪ねると、疲れた様子に見えたらしく、自分の布団に寝かせて約30分、マッサージしてくれた。帰り際には「タオルケットは足りてる?」「洋服をあげるよ」と気遣ってくれた。高橋さんは「疲れている時にはよくマッサージをしてくれた。優しくて思いやりのある人だった。毎日のように一生懸命仕事をしていたし、これからはゆっくり休んでほしい」と悼んだ。
木村さんが住んでいたアパートの大家の男性(72)は、土石流の発生直前、住民に避難を促す電話をかけていた。木村さんにも電話がつながり、「分かりました」と返事があったので安心していた。だが、その後に連絡が取れなくなった。男性は「高齢で、よく聞こえていなかったのかもしれない」と悔しがる。
災害発生後、警察に問い合わせて市内の遺体安置所を訪れ、木村さんかもしれないと言われた女性の遺体と対面した。いつもと違って眼鏡をかけておらず、きれいな化粧も施されていて、木村さんかどうか確信が持てなかった。「間違いがあってはいけない。断言できません」。そう答えたが、7日になって警察から、木村さんと確認できたと連絡があった。男性は「おとなしいが、明るく親切な人だった。悲しい」と寂しそうにつぶやいた。
木村さんが約10年前から働いていたホテルの支配人は「木村さんが住んでいたアパートが流されるのをニュースで見て、もしかしたら巻き込まれたのかもしれないと心配していた。まじめな仕事ぶりだった。本当にこういうことになるとは寂しい」と肩を落とした。【鈴木拓也、五十嵐朋子】