まるで住民のように…京都に舟屋の高級宿が急増 静かな漁村と両立が課題

京都府伊根町の伊根浦地区に舟屋の宿が増えている。漁に使わなくなった舟屋を改装し、ハイクラスの宿にする取り組み。世界に知れ渡る景観を生かすビジネスを生み、収益を上げて舟屋の保全も図ろうという狙いがあるが、静かな漁村の環境と両立させていくには住民たちとの対話が不可欠だ。【安部拓輝】
同町平田。舟屋の玄関を抜けると、シックな床の向こうに伊根湾が絵画のように輝く。同町の温泉旅館、油屋のグループ会社が昨年春にオープンさせた。舟屋の造りをそのまま生かし、波打ち際のテラスには露天風呂から湯気が上がる。津母地区から温泉を運んでいるという。2人で1泊3万6000円で4人まで泊まれる。受け付けの新田花江さんは「舟屋に泊まりたいというお客さんは多いですよ」。予約のない日は1カ月で数日くらいという。
先月には伊根町が「舟屋ステイ海凪(みなぎ)」をオープンさせた。古い部材を生かし、アンティークな家具や建具を組み合わせて落ち着いた空間を演出している。2人で1泊4万8000円から。土曜やハイシーズンはさらに高い。
過疎化が進む伊根浦地区。高校卒業後に町を出てから実家は親だけが住んでいるというケースは多く、介護施設などに移って空き家になっている家もある。町が宿にした舟屋は山側の母屋と合わせて住民から購入し、7489万円をかけて改修した。町企画観光課の千賀和孝課長は「家は使わないと傷む。宿に改修して貸し出し、宿泊料の一部を受け取るビジネスモデルとしたい」と話す。
近くに住む女性は上質感ある部屋を見学して「うちもこんなふうにしてほしいわ」と話した。その一方で「夜が騒がしくならないかしら」ともつぶやいた。民宿と違って一棟貸しだから夜は宿泊客だけになる。舟屋の特別な時間をお金に替えるサービスだが、住民の日常は少なからず変化する。スーツケースを引く音は路地裏に響くし、カモメに餌をやると周りの家や車にもふんが落ちる。親が民宿をしていた男性は「舟屋を観光資源にすれば、近所は我慢することが増える。住民の声に耳を傾けながら、近所迷惑の悪例にならないように心がけてほしい」と話す。
大切なのは、泊まる人に「舟屋の暮らし」を伝えること。伊根浦は漁師のまち。町から委託を受けて部屋を案内している観光協会は「漁師さんは朝早いから夜も早く寝ます。住民の一人として過ごしてくださいね」と伝えているという。住民を主役に据えた観光へ。実現に向けた試みは始まったばかりだ。