「足の上に物を落とされてね、うっかり『イタイ!』なんて日本語を口にしたら殺された。だから母の部族の刺青を腕に入れて、フィリピン人のふりをして生き延びてきた」 かつて、そう話してくれたのは、フィリピン南端のミンダナオ島ダバオ郊外に住む高森義鷹さんだった。1931年生まれの高森さんは、戦前にフィリピンに移住した広島出身の父と、ミンダナオの山岳民族であるタガバワ族の母を持つ。 当時、米軍の統治下にあったフィリピンは、太平洋戦争における日米の激しい地上戦に巻き込まれた。フィリピン戦線での日本人の戦没者は軍民あわせて51万8000人だが、フィリピン人はその2倍を上回る110万人もの犠牲者を出したといわれる。 戦後、高森さんのように日本人の父を持つ子どもたちが多数、反日感情の渦巻くフィリピンに取り残されたことは、あまり知られていない。 冒頭の高森さんの言葉は、残留した子どもたちの過酷な戦後を物語る。日本国籍の回復を果たせないまま他界した者も少なくないが、今も700名以上もの残留者たちが日本政府から「日本人」と認められる日を心待ちにしながら、残り時間の少なくなった人生を生きている。 戦後76年目の夏を迎えたが、彼らの戦争はまだ終わっていないのだ。(ライター・大友麻子) ●東南アジア最大の日本人社会、戦争で一変 高森さんの父親は戦前に広島からミンダナオへ移住、タガバワ族の女性と結婚し、生まれた4人の息子とともにフィリピン最高峰であるアポ山の山中で暮らしていた。仕事のかたわら、猟師として野生の豚などを仕留めては日本人に売っていたという。 太平洋戦争前夜、フィリピン全土に暮らす日本人移住者は3万人を超えていた。 明治期以降、決して豊かではなかった日本は、積極的に移民送り出し政策を進めてきた。新天地での可能性に賭けて、多くの日本人が北米や南米、南洋群島や中国大陸などを目指して海を越えた。 フィリピンには、ルソン島バギオやミンダナオ島ダバオなどを中心に、東南アジア最大の日本人社会が築かれた。高森さんの父親のように地元の女性と結婚した人も多く、たくさんの2世たちが誕生していた。 フィリピン各地で地域に溶け込んで暮らしていた在留日本人たちの生活は、太平洋戦争の勃発とともに一変する。米軍の統治下にあったフィリピンに日本軍が侵攻、在留日本人は軍人や軍属として徴用されるなど、国家総動員体制に組み込まれていったのだ。 日本語と現地語の両方を話せる2世たちは重宝され、母の国と父の国のはざまで引き裂かれていく運命を辿ることになる。 ●日本憎悪が渦巻くフィリピンに取り残された2世たち
「足の上に物を落とされてね、うっかり『イタイ!』なんて日本語を口にしたら殺された。だから母の部族の刺青を腕に入れて、フィリピン人のふりをして生き延びてきた」
かつて、そう話してくれたのは、フィリピン南端のミンダナオ島ダバオ郊外に住む高森義鷹さんだった。1931年生まれの高森さんは、戦前にフィリピンに移住した広島出身の父と、ミンダナオの山岳民族であるタガバワ族の母を持つ。
当時、米軍の統治下にあったフィリピンは、太平洋戦争における日米の激しい地上戦に巻き込まれた。フィリピン戦線での日本人の戦没者は軍民あわせて51万8000人だが、フィリピン人はその2倍を上回る110万人もの犠牲者を出したといわれる。
戦後、高森さんのように日本人の父を持つ子どもたちが多数、反日感情の渦巻くフィリピンに取り残されたことは、あまり知られていない。
冒頭の高森さんの言葉は、残留した子どもたちの過酷な戦後を物語る。日本国籍の回復を果たせないまま他界した者も少なくないが、今も700名以上もの残留者たちが日本政府から「日本人」と認められる日を心待ちにしながら、残り時間の少なくなった人生を生きている。
戦後76年目の夏を迎えたが、彼らの戦争はまだ終わっていないのだ。(ライター・大友麻子)
高森さんの父親は戦前に広島からミンダナオへ移住、タガバワ族の女性と結婚し、生まれた4人の息子とともにフィリピン最高峰であるアポ山の山中で暮らしていた。仕事のかたわら、猟師として野生の豚などを仕留めては日本人に売っていたという。
太平洋戦争前夜、フィリピン全土に暮らす日本人移住者は3万人を超えていた。
明治期以降、決して豊かではなかった日本は、積極的に移民送り出し政策を進めてきた。新天地での可能性に賭けて、多くの日本人が北米や南米、南洋群島や中国大陸などを目指して海を越えた。
フィリピンには、ルソン島バギオやミンダナオ島ダバオなどを中心に、東南アジア最大の日本人社会が築かれた。高森さんの父親のように地元の女性と結婚した人も多く、たくさんの2世たちが誕生していた。
フィリピン各地で地域に溶け込んで暮らしていた在留日本人たちの生活は、太平洋戦争の勃発とともに一変する。米軍の統治下にあったフィリピンに日本軍が侵攻、在留日本人は軍人や軍属として徴用されるなど、国家総動員体制に組み込まれていったのだ。
日本語と現地語の両方を話せる2世たちは重宝され、母の国と父の国のはざまで引き裂かれていく運命を辿ることになる。