強固な上意下達の「工藤会」、野村被告は「権限一切ない…飾りです」

昨年11月、熊本刑務所で長期服役を終えた40歳代の男が出所した。門のそばでは、特定危険指定暴力団工藤会(本部・北九州市)の幹部ら組関係者数人が出迎えており、一緒に車で走り去った。福岡県警は、工藤会が組織の「功労者」を慰労したとみている。
男は工藤会系組員で、組を離脱して復帰を拒み続けた男性を刺殺したとして2001年に逮捕され、その後、懲役19年の判決が確定した。
裁判で検察側は、「他の関与者、特に組織の上位者の存在を隠している」と指摘。しかし、男は否認を続け、指示した人物については明らかにならなかった。
捜査当局が、工藤会トップで総裁の野村悟(74)、ナンバー2で会長の田上不美夫(65)両被告を逮捕した「頂上作戦」で目指したのはこうした状況を打破し、上位者の刑事責任を追及することだった。

工藤会系元組員の男性受刑者(42)は12年4月、北九州市小倉南区の路上で福岡県警の元警部が銃撃された事件で、実行犯の組幹部を車で現場近くまで運んだ。別の組幹部から指示され、事件の全体像は知らされていなかったという。
工藤会で上層部の指示は絶対だ。その後も、詳しく説明されないまま、歯科医師刺傷事件(2014年5月)などに関わった。断れば自分や身近な人に危害が加えられると思い、従った。
歯科医師の事件で使われたバイクを盗んだとして一般人の後輩と一緒に逮捕され、後輩の家族や子どものことが頭に浮かんだ。「無理やり手伝わせて、巻き込んだ」。ようやく目が覚めた。組織の報復を恐れながらも離脱を決意し、関与した事件を次々と捜査員に打ち明けた。
法廷では「(工藤会は配下組員を)道具としか考えていない」と批判した。組幹部らは元組員への指示を認めたが、野村被告らとの共謀は否定した。
判決は「組織の指揮命令系統に従い、各人が細分化された役割に沿って実行に移した」と組織性を認定。「組幹部の一存で銃撃という襲撃方法が選択されたとは考えづらく、総裁ら上層部の指示や了解があったと考えるのが自然」などと結論づけた。元組員は「歯車の一つとして上位者の意のままに使われた」とされたが、懲役18年8月の判決が確定した。
一連の事件は、被害者たちの人生も大きく狂わせている。歯科医師刺傷事件で被害に遭ったのは、1998年に射殺された元漁協組合長の孫の男性だった。
一命を取り留めたものの職場復帰は断たれ、結婚も相手の両親に猛反対されて破談になった。北九州で開業する夢もかなわず、現在は県外で暮らす。歯科医師の父は証人尋問で、「とかげのしっぽ切りで終わってほしくない」と事件の全容解明を訴えた。

両被告が罪に問われた市民襲撃4事件では、いずれも実行犯らの実刑が確定している。このうち3事件は、野村、田上両被告の指揮命令が認定された。
しかし、野村被告は公判で、「権限は一切なかった。口出しもしないし、飾りです」などと無罪を主張。田上被告も関与を否認した。
トップの指示を直接示す証拠がないなか、「上意下達の強固な組織で、上層部の指示なしに重大事件を行うとは考えられない」という検察側の主張が認められれば、組織犯罪の捜査で強力な武器となる。判決は、工藤会壊滅を目指す警察・検察当局にとって大きな分岐点になったと言えそうだ。