期待はことごとく裏切られ、菅義偉(すが・よしひで)首相の言葉は空虚なものになっていった。
「1カ月後には必ず事態を改善させる」
新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を首都圏4都県に発令した1月7日、首相は記者会見でそう語ったが、解除されたのは3月22日だった。
同月18日には「感染拡大を二度と起こしてはいけない」と強調したものの、宣言を連発。7月30日の会見では「今回の宣言が最後となるような覚悟」を示したが、宣言は続いている。
矛盾したメッセージ
首相は経済回復に軸足を置くあまり、見通しを甘くみたと言わざるを得ない。観光支援事業「Go To トラベル」をめぐる対応はそのことを象徴していた。首相に就任したのは昨年9月16日。夏の第2波が収まった頃だ。10月から11月にかけて感染は徐々に拡大し、新型コロナ対策分科会は11月20日に提言で事業の運用見直しを求めた。
しかし、政府は大阪、札幌両市を対象外にするなど、小手先の見直しに終始。分科会メンバーの日本医師会の釜萢(かまやち)敏常任理事は「日本全体で移動を抑制しなければ間に合わない。どうすれば危機感を共有できるのか」と反発した。
12月12日、全国の新規感染者数は初めて3千人を超えた。そのインパクトは大きく、首相は翌日、関係閣僚に「全国で止めようと思う」と告げた。提言から約3週間が経過していた。
もっとも、感染拡大を放置したわけでなく、11月25日から「勝負の3週間」として飲食店に営業時間短縮を要請するなどした。だが、人の移動を推進しながら感染拡大防止を訴えるのは矛盾したメッセージとなり、効果は出なかった。
緊急事態宣言の対象地域の選定をめぐっても首相と専門家の足並みは乱れた。
今年5月14日の基本的対処方針分科会。専門家は諮問内容になかった北海道、岡山、広島の宣言地域への追加を求めた。西村康稔経済再生担当相から報告を受けた首相は「専門家がそう言うなら、それでいい」。異例の諮問し直しは、危機意識に温度差があることを如実に示していた。
ワクチン一本足打法
首相は今月9日の記者会見でワクチン接種について「1日100万回の目標を非現実的と疑問視する人もいたが、接種加速化は間違いではなかった」と胸を張った。しかし、感染力の強いインド由来の変異株(デルタ株)を前に、「ワクチン一本足打法」では、限界があった。
政府関係者は「首相はワクチン接種など答えが確実に出る課題はイニシアチブを取って強力に進めるが、行動変容という答えがはっきりしない問題に注力する意識は薄かったかもしれない」と振り返る。
認識や見通しの甘さは、今も続く第5波で病床の逼迫(ひっぱく)につながり、病床を増やそうにも看護師らが不足する現実に直面した。ワクチン接種の現場と異なり、感染リスクの高い現場での人材確保は容易ではない。会見で首相は「医療体制をなかなか確保することができなかったのは大きな反省点だ」と率直に認めた。
医療や防災の専門家らでつくる、日本医師会の横倉義武名誉会長らが共同代表の団体「ニューレジリエンスフォーラム」は7日、国会内で集会を開き、病床を確保するため強制力のある法整備を求める提言を発表した。共同代表の関西大の河田恵昭特別任命教授は声を張り上げた。
「国民は1年半以上我慢を強いられ、うんざりしている。緊急事態宣言を発令しても、もう我慢できないよと。政治が強い決意を示さないと国民は従わない」
それは首相に訴えかけているようでもあった。(坂井広志)