父の発言で上がったハードル、話し合い重ね歩み寄る…[眞子さま結婚]<上>

2018年11月30日、東京・元赤坂の秋篠宮邸は祝賀ムードに包まれていた。秋篠宮さまの53歳の誕生日を祝う宮内庁職員らの茶会。しかし、眞子さまだけは青ざめた顔をされていた。「秋篠宮さまが、まさかあそこまで言うとは思わなかったのだろう」。ある宮内庁幹部は心中を思いやった。
この日の新聞各紙の朝刊には、誕生日前の記者会見での秋篠宮さまの発言が掲載されていた。
「多くの国民が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、婚約の儀式は行えない」。週刊誌で報じられていた小室家の金銭トラブルを念頭に、小室さん側に「相応の対応」を求められた発言で、同年2月に延期が公表されていたお二人の結婚のハードルが大きく上がった瞬間だった。
婚約が内定する2週間前の2017年8月には2人でハンガリーを旅行するなど仲の良かった父娘は、金銭トラブル報道後の18年秋にはほとんど口もきかなくなっていた。同年11月の記者会見で秋篠宮さまは「最近はそれほど娘と話す機会がないのでよく分かりません」と突き放された。
秋篠宮さまが苦慮されていたのは、結婚に対する国民感情だった。車で移動中もタブレット端末で、金銭トラブルや結婚に関する週刊誌の記事に目を通された。「とても悲しそうな顔をされていた」と宮内庁関係者は振り返る。

18年夏に小室さんが渡米し、お二人は遠距離恋愛に。米フォーダム大で奨学金を得た小室さんは、同大サイトで「日本のプリンセス・マコの婚約者」と紹介された。しかし、宮内庁は同大に「まだ正式な婚約はしていない」と指摘し、削除された。同庁関係者は「この指摘は秋篠宮さまの指示で行われた。皇室利用とみられることを懸念されていた」と明かし、「眞子さまの心変わりを待たれていたのではないか」と話す。
しかし、眞子さまの気持ちは揺らがなかった。
眞子さまは19年末から20年1月にかけ、皇室相談役の宮内庁参与ら数人を順番に宮邸に招き、紙を示して意見を求められた。
紙には▽小室さんとの結婚の意志に変わりがない▽皇室を離れる際に支給される一時金を受け取らない▽結婚関連儀式は行わない――と書かれていた。「眞子さまは強い調子で、前例のない形になったとしても結婚したいと何度も語られた」と関係者は明かす。参与側は、ご両親と話し合う大切さなどを伝えたという。
この頃から父娘の関係に変化がみられた。20年1月には、秋篠宮さまが眞子さまの勤務先の東京大総合研究博物館(東京)をお忍びで訪問。結婚についても話し合いを重ねていかれた。
そして同年11月、眞子さまが文書で「結婚は自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択」との強い気持ちを公表されると、秋篠宮さまは「結婚は認める」と発言された。眞子さまの

一途
(いちず)な思いが結婚への重い扉を開いた。

「秋篠宮さまにとっては最愛の娘。きちんと儀式を行って送り出したいと考えておられた」と宮内庁幹部は語る。しかし、今年4月に小室さんの金銭トラブルの説明文書が公表されると、秋篠宮さまは周囲に「これでは国民の理解を得られないだろう」と失望した様子で漏らされたという。
結婚を巡る批判や中傷で、眞子さまの精神は追い詰められていた。「この状況がこれ以上続くことは耐えられない」。娘のこの悲痛な思いを秋篠宮さまは受け止め、10月に結婚することを認められた。
儀式を行わず、一時金も支給されない形となった今回の結婚。宮内庁幹部は「秋篠宮さまと眞子さまが互いに信念を守りつつ、思いやって歩み寄った結果だ」と話す。

異例ずくめの眞子さまの結婚は、社会に大きな衝撃を与えた。この決定に至った背景を探り、今後の皇室のあり方を考える。