菅前首相にもあった「二階氏の交代案」…岸田氏に先手とられ、最後まで誤算続きの退陣

菅内閣は4日、総辞職した。新型コロナウイルス対応で批判を浴びた菅前首相は、自民党幹事長だった二階俊博氏を交代させることで、イメージを刷新して衆院解散に踏み切る腹案があった。岸田首相に先手をとられたことで、不発に終わり、総裁選では自らが支持した河野太郎前行政・規制改革相が敗れるなど、最後まで誤算が続いた。

「子供や若者、国民が安心と希望を持てる未来のために、道筋を示すことができた」。菅氏はこの日の臨時閣議で内閣総辞職に当たっての首相談話を決定し、首相官邸を去った。
1か月余り前、菅氏は苦境のまっただ中にいた。新型コロナの「第5波」で1日の全国の新規感染者は2万5000人を超えた。
8月22日、地元の横浜市長選で支援候補が惨敗すると、自民党内で菅氏が「選挙の顔」になることを不安視する声が相次いだ。同26日には、岸田氏が党役員の任期制を掲げて総裁選への出馬を表明。菅政権の中枢を担い、幹事長を長きにわたり務める二階氏を外す意味と受け止められ、党内では

閉塞
(へいそく)感打破につながると期待が高まった。
これは、菅氏にとって想定外だった。内閣支持率の下落傾向が続くなか、菅氏も内々に人事の刷新を検討していた。発信力がある河野氏や石破茂・元幹事長らを幹事長などの要職に起用することが念頭にあったとみられる。人事でイメージを刷新し、内閣支持率が10ポイント上昇すれば、衆院解散に踏み切る――。菅氏の勝負をかけたシナリオだった。

先を越された菅氏は8月30日、首相官邸に二階氏を呼び、「人事を刷新したい」と告げ、幹事長交代の了承をとりつけた。岸田氏の目玉公約を上書きし、つぶす狙いがあったが、その後は迷走をたどった。
翌31日、菅氏は二階氏らと議員宿舎で会談した。直後に「首相が総裁選を先送りして、9月中旬にも解散に踏み切る意向だ」との情報が広がり、党内からは「首相の延命のためだ」といった批判が相次いだ。解散に踏み切ることに傾いていた菅氏は9月1日、「解散できる状況ではない」と火消しに走った。

菅氏は同3日の党臨時役員会で人事の一任を取りつける手はずだったが、唐突に「新型コロナ対策に専念したい」と、総裁選の不出馬を表明した。人事の一任も紛糾必至とみられており、解散権と人事権を事実上封じられて残った道は、退陣しかなかった。菅氏の人事案は打診されることなく消えた。
退陣を選んだ菅氏は、同じ神奈川県選出で目をかけてきた河野氏に後継をたくした。「河野氏の党員票は5割を超える。決まりだろう」。菅氏は総裁選序盤、周囲にこう自信を見せた。その手応えに反し、河野氏は肝心の党員票で伸び悩み、最後は議員票も切り崩された。
菅氏の退陣表明後、新型コロナの新規感染者は大幅に減少。内閣総辞職した10月4日は今年初めて東京都内で100人を切った。菅氏が全力を注いだワクチン接種などが奏功した結果といえる。菅氏周辺は「1か月早く、今のような感染状況になっていれば……」と悔しさをにじませた。