岸田首相、「戦後最短決戦」に勝負かける…解散から投開票まで17日間

今回の衆院選は、14日の衆院解散から31日の投開票まで17日間で、戦後最短の決戦になる。岸田首相(自民党総裁)は、菅内閣末期から回復した内閣支持率を維持し、勝利につなげたい考えだ。新型コロナウイルスの感染が収まっているうちに実施したいとの判断もあったとみられる。
衆院選の日程は当初、与党内で「10月26日公示―11月7日投開票」を軸に調整が進められていたが、首相は1週間前倒しした。
読売新聞社が4~5日に実施した世論調査では、岸田内閣の支持率は56%で、菅内閣末期(9月4~5日調査)の31%から大幅に上昇した。与党内には、新内閣発足の「ご祝儀相場」が崩れないうちに投開票を迎えたいとの期待があるようだ。新型コロナの感染状況が落ち着きを見せていることも、首相が短期決戦を選択した大きな要因となった。自民党内では「感染が再び増加に転じれば、支持率はすぐに下がる」(幹部)との見方も多い。
2014、17年衆院選を短期決戦で大勝に導いた安倍元首相の成功体験の再現を狙った面もある。安倍氏は野党の態勢が整う前に解散に踏み切り、自民党はいずれも公明党と合わせて定数の3分の2を超えた(追加公認を含む)。
14年は解散から投開票までは23日間で、不意をつかれた民主党は過半数を下回る候補しか擁立できず、準備不足を露呈した。投開票まで24日間だった17年は、衆院選直前に小池百合子・東京都知事が希望の党を旗揚げする中、野党第1党の民進党が分裂し、野党系候補が乱立して与党を利する結果となった。
解散から投開票まで23日間だった橋本内閣当時の1996年衆院選では、自民党は単独過半数には届かなかったものの、公示前勢力を上回って復調した。
もっとも、短期決戦が必ずしも与党に有利に働くわけではない。
中曽根内閣が臨んだ1983年衆院選は投開票まで20日間だったが、自民党は田中角栄元首相がロッキード事件で有罪判決を受けたことへの反発を受け、大幅に議席を減らした。2014年と同じ23日間だった00年は、森首相(当時)の「神の国」発言などが批判を浴び、37議席減と過半数を割り込んだ。