「死んで償いたい」。法廷でそう語り、死刑を求刑されていた元看護師に「無期懲役」が宣告された。5年前、横浜市の旧大口病院で起きた連続点滴中毒死事件の裁判員裁判。横浜地裁は9日の判決で、入院患者3人への殺人罪などに問われた久保木愛弓被告(34)の更生可能性を重視し、極刑を回避した。「納得できる理由を判決は説明していない」。遺族らはやりきれない思いをにじませた。
午後1時半、久保木被告はグレーのスーツ姿で入廷。
家令
(かれい) 和典裁判長は先月22日の結審時の予告通り主文言い渡しを後に回し、判決理由の朗読から始めた。
「自身の勤務時間中に患者の死亡に対応しなくて済むように犯行手段を選択し、犯行が発覚しないように工夫していた」
裁判では、責任能力の程度が争点となったが、家令裁判長は、善悪の判断も、行動をコントロールする力も著しく減退していたとは言えないとして、完全責任能力を認定。心神耗弱状態だったとする弁護側の主張を退けた。
さらに、興津朝江さん(当時78歳)、西川惣蔵さん(当時88歳)、八巻信雄さん(当時88歳)の命を奪った結果を「極めて重大」などと非難した。
被告の刑事責任を厳しく指弾する判決の様相が変わったのは、朗読開始から30分が過ぎた頃だった。
家令裁判長は、対人関係が苦手、問題解決に対する視野が狭いなど自閉スペクトラム症の特性が被告に認められると指摘。患者の家族にどなられて強い恐怖を感じた経験をきっかけに、担当患者を殺害するという短絡的発想に至ったとし、この動機形成過程を「被告の努力ではいかんともしがたかった」と表現した。
裁判長は言い渡し後、「苦しい評議でしたが、この先も生涯をかけて償ってほしいということです」と語りかけ、久保木被告は小さな声で「はい」と答えた。
判決を受け、西川さんの長女は「極刑がすべてではなく、厳しい刑罰であることは十分理解していますが、裁判所の価値判断によって結論が出されたという印象をぬぐい去れません」などとコメントした。八巻さんの長男・信行さん(61)も「あまりに身勝手な動機で罪のない人を殺しておきながら、死刑にならないのはおかしい。検察には控訴してほしい」と訴えた。
横浜地検の安藤浄人次席検事は「判決内容を精査し、上級庁とも協議の上、適切に対応したい」としている。
識者 評価割れる
死刑を巡っては、最高裁が1983年にいわゆる「永山基準」を提示。動機や結果の重大性(殺害された被害者の数)、前科、犯行後の情状など9項目を考慮し、やむを得ない場合に死刑が許されるとした。
死刑が適用されるのは、判例では被害者が2人以上の事件が一般的だが、今回のように被害者が3人以上でも、責任能力などが考慮され、死刑を回避した事例はある。埼玉県熊谷市で2015年、男女6人を殺害したとして強盗殺人罪などに問われたペルー人の男に、1審・さいたま地裁は死刑を言い渡したが、東京高裁は19年、男は心神耗弱状態だったとして死刑判決を破棄。無期懲役とした。
今回の横浜地裁判決は、久保木被告の完全責任能力や計画性を認定し、動機も酌むべき事情はないとしたが、死刑を回避。識者の見方も分かれた。
園田寿・甲南大名誉教授(刑法)は「永山基準に照らしても、死刑の選択は微妙な事案。自閉スペクトラム症の影響や前科がないことなどを総合的に考え、被告の反省の思いも酌み、罪を償わせるべきだという結論は支持できる」と語る。
諸沢英道・元常磐大学長(犯罪学)は「判決は死刑を回避する理由を探している。被告が法廷で
真摯
(しんし) な対応をとっても、医療従事者の立場を悪用し、3人もの命を奪った事実は重い。なぜこうした結論になったのか疑問が残る」と話した。