「刀を持っていますか?」点滴不審死48人・精神鑑定医が明かす“34歳殺人看護師”の奇行《異例の無期懲役判決》

入院患者の点滴に消毒液を混入し中毒死させたとして殺人罪に問われた旧大口病院(横浜市神奈川区)の元看護師、久保木愛弓被告(34)。11月9日に横浜地裁で判決公判が行われ、無期懲役の判決が言い渡された。検察側が死刑を求刑していたこの裁判で、裁判所は全ての起訴事実と久保木被告の完全責任能力を認定したが、「更生の道を歩ませるのが相当」との判断を示し、異例の判決となった。
同病院では2016年7月から事件発覚までの3カ月間で、不審死した入院患者が48人にものぼっており、いまだ事件の全容は解明できていない。
公判で久保木被告の精神鑑定(弁護側)を担当した岩波明・昭和大学医学部精神医学講座主任教授は今回、「文藝春秋」でその鑑定記録を公開。詳細なデータをもとに、稀代の大量殺人犯の深層心理のリアルを語った。
「死ね、ブタ、デブなどの悪口が聞こえてくるので辛い」
岩波教授が久保木被告の鑑定を始めたのは2019年8月のことだった。
〈入院から3週間ほどすると、久保木被告は徐々に奇異な行動を示すようになりました。
最初の奇行は、9月17日。院内への持ち込みを許可していた雑誌を、隔離していた室内の便器の中に詰め込み、室内や部屋の前の通路を水浸しにしたのです。理由を聞くと、「排泄後に手洗いをしていない状態で雑誌に触れたことを意識し、雑誌を破ってしまった。それをスタッフの目から隠すために便器に流した」ということでした。
実は、検察による精神鑑定時にも、奇異な行動が見られたようです。夜間に、久保木被告が、他の入院患者の耳と鼻の穴に綿棒を使って洗剤を詰めたと報告されています。その際、「少し前に折り紙の鶴がなくなったが、それが自分のせいだと言われたので、仕返しをしようとした」と語ったそうです。このような事例も聞いていたので、被告の行動を注視していました。
10月に入ると、明らかな幻聴や被害妄想が出現し始めた。本人からは様々な訴えがありました。
「死ね、ブタ、デブなどの悪口が聞こえてくるので辛い」
「真夜中、外のドアをノックしたりガチャガチャさせて『安眠妨害のためにやってるぞ』とか言ってる声が聞こえたんです」
「Aさんという女性の看護師とBさんという男性看護師に狙われています。人を殺した私がこんなこと言う資格ないですが、すごくここにいるのが怖いです。特殊部隊って何分くらいで到着しますか? さっき出てけって言った看護師は刀を持っていますか?」〉
「40人を超えているかもしれない」
こうした久保木被告の症状について、岩波教授は「明らかに統合失調症と診断できる」と指摘する。実際、久保木被告は統合失調症の向精神薬を処方されると、徐々に症状は落ち着いていったという。
そして、驚くべき告白を始める。
〈警察には聴取で「20人くらい殺した」と話していたそうですが、私の鑑定時にはもっと多いと話していた。
「40人を超えているかもしれない」
鑑定終了間際に、そう漏らしたこともありました。〉
犯行に手を染めるようになった理由として、久保木被告は岩波教授に対し、「患者の遺族から怒鳴られたことをきっかけに、自分が担当しているシフトの時に患者が死ぬのが嫌になり、犯行に手を染めるようになった。点滴に異物を混入して、自分の夜勤の時以外で患者が亡くなるように仕向けた」との趣旨の告白をしている。
だが、岩波教授は久保木被告のこうした説明に、整合性がまったくないことに注目する。
〈遺族に怒鳴られた時期よりずっと前から点滴への異物混入を始めているなど、動機に整合性がまったくなかったのです。
これらの話を総合しても、久保木被告の犯行動機や内容は、納得のいく説明にはなっていません。あまりにも説明に合理性を欠いているところが、まさに統合失調症的なのです。〉
「発達障害」とする検察側鑑定
ところが検察による鑑定では久保木被告は発達障害の一種であるASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)と認定。
これに岩波教授は疑義を唱える。
〈久保木被告の幼少期から高校までの記録を見ても、そのような痕跡は発見できませんでした。
ASDであれば通常、行動や興味の強いこだわり、コミュニケーション障害など、なんらかの特徴が子供の頃から見られます。本人や家族の話を聞く限り、対人面での重大な障害は見られなかった。学校の成績も特別良いわけではありませんが、中位レベルを保っていました。〉
では一体なぜ、検察側はこのような鑑定を出してきたのか?
久保木被告の深層心理を解明すると同時に、日本の刑事司法における精神鑑定の問題点を鋭く指摘した 岩波教授のインタビュー は、「文藝春秋」12月号(11月10日発売)に掲載されている。
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年12月号)