日大医学部付属病院をめぐる事件で東京地検特捜部は、大学トップの田中英寿(ひでとし)理事長(74)が関与した可能性を排除せず捜査を進めてきた。日大元理事の井ノ口忠男被告らは、流出した資金の一部を田中氏に渡したと供述したものの、田中氏への報告・了承などに関する捜査は難航し、背任罪で共謀に問うのは断念したもようだ。
「日大ではなぜこんなことが起きるのか。事件の本質はそこだ」。井ノ口被告らが最初に逮捕された10月上旬、検察幹部は田中氏が長年トップの座に君臨する日大の構造そのものを解明することが事件の焦点だと強調していた。
平成30年の日大アメリカンフットボール部の悪質タックル問題を受けて、理事職から一時離れていた井ノ口被告。なぜ、関連会社「日本大学事業部」の一介の幹部である被告が、日大の巨額の資金を意のままに動かせたのか。
特捜部の捜査では、井ノ口被告が関わったさまざまな日大の取引が対象となった。不透明な資金移動が疑われたのは、病院での医薬品納入や日大工学部(福島県郡山市)の台風襲来にともなう修繕工事など多岐にわたり、別の検察幹部は「もはや教職者ではなく、商売人」と語った。
関係者によると、田中氏は、周囲から「井ノ口被告は危ない」とたびたび諫言(かんげん)を受けていたが、井ノ口被告を重用。同被告も事あるごとに「理事長の意向」を背に強引に取引を進めていったという。
ただ、特捜部は日大幹部らへの聴取も重ねたが、井ノ口被告が主導した資金移動について、田中氏が同被告から詳細な報告を受けた形跡は確認されなかったとされる。
一方で、10月上旬以降、医療法人前理事長の籔本雅巳被告が「田中理事長に現金を渡した」と供述。提供した金額に関する供述は変遷したが、籔本被告は井ノ口被告とともに昨年以降、都内の焼き肉店などで田中氏側に複数回にわたり計7千万円を提供したとし、一部は「お世話になった謝礼だった」と説明したという。井ノ口被告も同趣旨の供述を始めているとされる。
これに対し、田中氏は「現金は受け取っていない」と全面否定。田中氏の自宅からは、提供側の供述と一致する帯封の現金の一部が見つかっただけ。田中氏は終始、強気の姿勢を崩さず、聴取のため検察官が入院先の病室を訪れた際、「何しに来たの?」とも話したという。
背任罪の共謀に問うには現金の授受だけでなく、具体的にどんな背任行為をするかについて了解することが求められ、検察幹部は「現金をもらっただけでは共謀に問えない」と指摘する。
特捜部は、田中氏への現金授受などをめぐり日大関係者への聴取を連日続けている。こうした捜査は、井ノ口被告らの公判も視野に入れているとされ、「公判で、背任の目的の一つが田中氏のためだという立証を行う可能性もある」(検察幹部)としている。(荒船清太、吉原実、石原颯)