2人の「翔平」つないだ命のバトン…1歳8か月の息子は母に抱かれ、この世を去った

米大リーグの大谷翔平選手(27)にあやかって命名され、心臓の難病で1歳8か月で亡くなった川崎翔平ちゃんの軌跡を描いた手記が今月、出版された。治療に耐えながらも渡航移植を果たせなかったことや、大谷選手との交流がつづられている。寄付で集まった渡航費は同じ難病を患う子ども2人の渡米に使われており、著者で母の静葉さん(36)は「命のバトンをつなぐことができた」と話している。(仲條賢太)

翔平ちゃんは2017年6月、難病の「拡張型心筋症」を患って生まれ、「大谷選手のような丈夫な子に」という静葉さんと父の太志さん(33)の願いから命名された。病院で治療を続け、米国で心臓移植を受ける準備も進められたが、19年3月に亡くなった。
手記には、闘病の様子が詳しく書かれている。生後6か月の頃に受けた補助人工心臓の装着手術では、心臓内に大きな血腫が生じ、体外式膜型人工肺「エクモ」を約1か月使用。血腫を取り除いたものの、機能していた右心室の働きも悪くなり、人工心臓を二つ装着せざるを得なくなった。
体中に管をつけた翔平ちゃんは、もく浴や抱っこをしてあげることが難しく、静葉さんらは大谷選手の投打の二刀流にあやかって、「うちも人工心臓二つの二刀流やな。がんばって」と励まし続けた。

大谷選手との交流もつづっている。渡航移植の支援団体が打診したところ、19年1月、大谷選手が一時帰国の合間に病室を訪問。抱っこした翔平ちゃんにボールを渡すと、翔平ちゃんが大谷選手の手にボールを落とし、周囲から「キャッチボールだ」と声が上がった。
当時、渡米手術に必要な費用約3億5000万円のうち、街頭募金などで集まったのは約2億3000万円だった。お見舞いの様子が報道されると寄付が急増し、19日後には目標額に達した。
静葉さんらは渡航準備を急いだが、お見舞いから2か月後、翔平ちゃんは容体が急変。静葉さんの腕に抱かれながら、この世を去った。

その後、集まった資金は、同じ拡張型心筋症を患った2歳と8歳の女の子の渡航費用に使われ、2人の手術は無事に成功した。