岸田文雄内閣の発足早々、「歴代内閣の中で支持率が低い」と話題になった。だが、実は不支持率も低かった。これほど、特に歓迎もされない、嫌がられてもいない首相も珍しい。
イケメンで紳士だし、よき家庭人らしいし、クリーンでスキャンダルも見当たらない。中道派的な政見から、マスコミも安倍晋三元首相の影響力が強いことしか攻めようがない。
石破茂元幹事長のように捻(ひね)くれても困るが、尖った意見も主張しないと、政治家としての勇気が感じられない。国民の声を聴き、丁寧に説得して良識に期待してるだけでは、大事な改革はできない。
宏池会の先輩である大平正芳首相がかつて、一般消費税や(少額貯蓄についての)グリーンカード制の導入を決断し、モスクワ五輪の不参加を決め、日米同盟という言葉を逃げずに使ったときに、賛同者などごく僅かだった。
岸田首相は所信表明演説で「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」というアフリカの諺(ことわざ)を引用して岸田イズムの基本哲学を示した。
気持ちはなんとなく分かるが、みんなで進むのは「ダメな人や部門」を甘やかす護送船団方式の復活なのか、「ダメな人や部門」を叱咤(しった)激励して無理矢理にでもついてこさせるのかで大違いである。
もし、後者なら、みんなで遠くまで行けるだろう。世界標準におけるまっとうなリベラルな考え方というのは、そういうものだ。反対に、新自由主義は、規制しないが、頑張らない人の結果に責任をもたないことでこれも筋が通っている。
しかし、現在の日本では、何をするにも強制しない。あるいは、何かを推進するためには、ひたすらアメを与えて、ムチを振うことを避けるばかりだ。次回詳しく書くが、「マイナンバーカードの取得」でも「ワクチンの接種」でも、それを強制したら、コストもかからず、ことはすむのに、アメだけでは、コストもかかるし、時間がかかる。
兵役の義務が潜在的にすらなく(廃止でなく停止)、警察や消防、自衛隊の災害救助に市民は協力しようとしない。コロナ禍のような非常時でも、医療従事者を十分に動員できない。期限内に手続きや支払いをしなくても、公的扶助などの権利を失うことも少ない。福利厚生は、欧米で考えられないほど高水準だ。
そのうえ、虫のいい経済理論が流行っていて財政規律にも無頓着だ。岸田イズムが、こういう甘ったれた国民相手に分配重視とかいうと、「成長にベストを尽くさなくとも生活を改善できる」という怠惰な気にさせかねず、かなり心配だ。
■八幡和郎(やわた・かずお) 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『最強の日本史100 世界史に燦然と輝く日本の価値』(扶桑社BOOKS文庫)、『日米開戦1941 最後の裏面史』(宝島社)など多数。