SNS上には今も、新型コロナウイルスを巡る誤った情報が大量に発せられている。公的機関が「科学的根拠のない情報を信じないで」と呼びかけても、惑わされる人が少なくないのはなぜか。背景には、製薬会社の公式文書などの一部が添付され、「動かぬ証拠」であるかのように錯覚させるデマの高度化がある。
<ワクチン接種者の体から有害物が出る>
<周囲の人に健康被害を与えるから危険だ>
SNS上では、こうした内容の投稿が多数見つかる。「自分が打たなくても、接種者と一緒にいると体調が悪くなる」と思い込み、家族の接種をやめさせようとする人までいる。
信じる根拠となっているのが「米ファイザーの文書に書いてあるから間違いない」という言説だ。現物の画像も出回っているが、ファイザー社は読売新聞の取材に「明らかに誤った解釈だ」と否定する。
画像は、同社が海外の医療機関に配った「臨床試験計画書」(英文、146ページ)の一部を切り取ったもの。同社が報告を求める例として、妊婦に治験薬が付着した場合などが挙げられており、その記述が実際に健康被害が起きるかのように曲解されたとみられる。
同社によると、記述内容は新薬の臨床試験の際、幅広く情報を集めるために使われる「定型文」で、コロナワクチンのリスクを示したものではないという。
文書は同社のウェブサイトで閲覧でき、海外の投稿者が画像を拡散。日本でも流布されるようになった。
ワクチンの接種事業に反対する兵庫県内の開業医は4月、文書の画像を投稿サイトに添付し、「接種者が病気をまき散らす」と主張。フォロワー(登録者)らが引用して拡散した。
実際、この言説を信じた一部の飲食店主が接種者の入店を断ったり、一部の医療機関が「接種者は来院を控えて」と呼びかけたりする影響も出た。
東京都内の眼科クリニックは「接種者から未接種者への影響が不明」として、「接種された方の診察や院内への立ち入りを当分の間お断りさせて頂きます」とサイトに掲載している。
以前広がった「接種すると不妊になる」という誤情報も、ファイザー社の別の文書が使われていた。
同社は、日本でワクチンの承認審査をする独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(東京)に実験データなどの文書を提出。機構が公表している。
不妊を主張する投稿は、動物の体内にワクチン成分が分布した状況のデータを使い、卵巣の部分を強調。「有害なものが蓄積しており、危険」と記しているが、文書全体を見ると量は極めて微量だった。
機構の荒木康弘・ワクチン等審査部長は「最終的には分解されて体外に排出され、影響を及ぼすとは考えられない」と指摘するが、科学的なデータを見ただけで信ぴょう性が高いと思い込む人がいる。
マスク着用などを拒否する活動に使われているのは、行政機関の公文書だ。
こうしたグループは「コロナは存在しない」と主張しており、国立感染症研究所や全国の自治体に「コロナの存在を証明する論文」などを情報公開請求。同研究所や自治体から「行政文書として保有していない」「作成していない」との通知書が届くと、画像をSNSに掲載している。
同研究所の担当者は「存在を証明する論文は国内外で発表されており、請求に対して公開する文書に当たらない」と説明。大阪府にも10件以上、請求があり、担当職員は「府として作成した文書はなく、公開できるものがない」と話す。
しかし、通知書の画像を添付し、「コロナは茶番。行政も認めた」という投稿が拡散され続けている。
信頼性見極めを
情報リテラシー(読み解く能力)専門家の小木曽健さんの話 「科学に関する文書や論文を
恣意
(しい) 的に引用したデマはネット上にたくさんある。正しく理解するには一定の専門知識が必要になるが、検証できる人は限られ、誤解が広まると歯止めがかかりにくい。公的機関の見解と著しく異なる主張を目にした時は、『この発信者は、間違っていた場合に責任を負う立場の人なのか』という点に注意するなど、ネット情報の信頼性を見極める力が求められる」
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