【紀州のドン・ファンと元妻 最期の5カ月の真実】#108
2018年6月1日、早貴被告は東京・新宿区内の自宅マンションで行われる家宅捜索に立ち会うため、番頭格のマコやんが運転するべンツで、家政婦の大下さんと一緒に早朝の南紀白浜空港に向かった。私も大阪まで戻ってレンタカーを返却してから新幹線で東京に向かうつもりだったので、空港までベンツに付き合った。
どこからか情報が漏れているようで、空港には大勢のマスコミが待ち受けていて、早貴被告にムービーのカメラを向けたり、シャッターを切ったりしていたが、彼女は小走りで逃れるように空港の中に飛び込んだ。空港内部での取材は禁止されているのでフロアは静かだったが、数人の男女の私服警官の姿もあった。どうやら彼女と一緒に新宿のマンションに行くらしい。
「まったく、ひどいわ。私の家も明日家宅捜索をするって言っているけれど、東京に行く交通費も出ないのよ」
空港の待合室で大下さんが私に不満を漏らした。大下さんは東京・六本木のマンション住まいだ。
「そりゃあ、ひどいですね。警察の都合で家宅捜索をするのだから、交通費は負担すべきじゃないですか」
傍らにいた私服の若い女性警官はうなずきはしたが、費用を出すとは言わなかった。彼女にそのような権限がないことぐらい私も分かっているが、後日、大下さんの申し立ては認められて警察から交通費が支払われたと聞いている。
早貴被告が乗る飛行機には、どこから現れたのかワイシャツ姿の男性記者が3人ほど同乗していた。機内での彼女を撮影するのが目的のようだ。
「お茶でも飲もうか」
空港を離れてから大下さんと私はマコやんの行きつけの町内の喫茶店に向かった。
「私、逮捕されるの?」
モーニングメニューを注文して3人で待っていると、大下さんが深刻な表情でつぶやいた。
その前日の夜、田辺警察署で取り調べを受けた大下さんと早貴被告は夕方に自宅に戻ると、私とマコやんを交じえて長いこと話し込んでいた。
「取り調べ内容を吉田にはしゃべらないように、と捜査員にクギを刺されたわ」
「私も言われた」
「ワシもや」
大下さん、早貴被告、マコやんが同じことを言った。
「『吉田って呼び捨ては失礼やないか』ってワシは言ったんやが、担当の刑事は若造のくせにクソ生意気や」
呼び捨てにしていたのはドン・ファン宅の家宅捜索の時に名刺交換した警部補であることが分かった。あの時は私にペコペコしていたくせに、私を相当意識しているのはビンビンと伝わってくる。私ひとりで警察の捜査にかなうはずがないのに、何をおびえているんだという気持ちが強くなった。犯人逮捕が目的なのは私と共通しているので、変な見えは捨てて欲しいと思ったが、捜査に協力する気持ちはしぼんだ。 =つづく
(吉田隆/記者、ジャーナリスト)