無名だった白神山地を全国区に 地道な自然保護 鎌田孝一さん死去

12日に91歳で亡くなった自然保護活動家の鎌田孝一さんは、私(記者)が以前、北羽新報記者だった時代からの知人で、青秋林道反対運動が活発だった時期や、白神山地が世界自然遺産登録時(1993年)によく取材した。秋田県藤里町の中心街で写真店を営み、動植物を撮影するカメラマンとしても知られていた。
自然保護に造詣が深く、林道建設問題が持ち上がる以前から、「秋田自然を守る友の会」を結成し、その下部組織として少年団を養成。町内の小学5、6年生らとともに自然保護と清掃活動に取り組んでいた。
ブナ原生林の分断を恐れ、林道建設反対運動に立ち上がったのは、鎌田さんとその仲間にとってはごく自然の流れだった。「建設を阻止し、かけがえのないブナ林を守らなければ」と訴え続けていた。
県、町と自然保護団体が対立する曲折の末に白神山地が世界遺産に登録された際、既に自然保護活動のシンボル的な存在だった鎌田さんは「遺産登録までは考えていなかった。望外の喜び」と満面の笑みで語っていた。
鎌田さんは一方で、「友の会」とは別団体の「白神山地のブナ原生林を守る会」の理事長だった。
「守る会」の事務局長として鎌田さんを支えた奥村清明さん(84)=秋田市新藤田=は「ほぼ無名だった『白神』の名が鎌田さんの行動力によって全国に広まり、世論と行政を動かした」と、その尽力をたたえた。能代市内の仲間らの間からも「大きな足跡を残した」としのぶ声が上がっている。
今春、連載企画「街ダネ記者の半世紀」で鎌田さんの歩みを改めて振り返った。鎌田さんは体調を崩し、会うことができなかったが、長く地道に取り組んできた自然保護活動で一貫していたのは「白神のことは白神に聞け」という謙虚な姿勢だったと思えてならない。
鎌田さんは近年、体調を崩して町内の福祉施設や病院で過ごしていた。長男の孝人さんによると、息を引き取ったのは12日午前8時、入院中の能代市内の病院だった。
秋田側で白神山地の自然を守り続けた故・市川善吉さんに続く鎌田さんの訃報。残してくれたものの大きさに改めて頭が下がる。
心からご冥福をお祈り致します。【田村彦志】