歩きスマホが人の通行にどんな影響を与えるのか。身近な疑問を認知科学の知見から明らかにし、今年、ユニークな研究をたたえる「イグ・ノーベル賞」に輝いた。
1991年に創設された同賞は毎年、「人々を笑わせ、考えさせた業績」を表彰している。「笑えるけど違和感のある、関西弁で言えば『けったいな』研究だったからこそ、思いがけない発見につながった」と手応えを感じている。
神戸大大学院に進学した2010年から、動物の行動研究を始めた。「動物の群れが一つの生き物のように振る舞う様子は見ていて飽きなかった」という。
沖縄県西表島の干潟に群れる数千匹のカニ、実験用の水槽内を群れて泳ぐアユ……。その動きを撮影して観察し、数理モデルを用いた分析を行った。「一見すると秩序だっているのに、一匹一匹は自由に動き回っている。意外と群れの形成はダイナミックで奥深いんです」
その知的好奇心は動物だけにとどまらず、18年、東京大特任助教に就任してからは、ヒトの行動に関する研究にも向いた。
元々、横断歩道など一定の範囲内で歩行者の集団がすれ違う際、自然に列が生まれる現象に関心を持っていた。「動物の群れの観察では確かめにくいことでも、人間なら可能ではないか」と考えを練り、19年末に実験を行った。
東大の構内で、大学生27人ずつの二つの集団が、幅3メートル、長さ10メートルの通路をすれ違って歩く様子を観察した。すると、通常は自然に歩行者の列ができ、スムーズにすれ違うことができた。一方、片方の集団の3人にスマホで足し算をしながら歩かせると、全体の歩行速度が遅くなり、列の乱れが生まれた。
この結果、スマホに注意が向くと、本人も周りの人も互いにどちらへ向かうのか予測できず、衝突の危険性が高まることがわかった。つまり、「歩行者は知らず知らずのうちに『あうんの呼吸』のように衝突を回避している」との結論に至った。
京都工芸繊維大の助教に就任した直後の今年3月、責任著者として研究結果をまとめた論文を発表すると、ニューヨークタイムズや米の科学雑誌に取り上げられた。イグ・ノーベル賞の受賞も決まり、「お墨付きをもらえてうれしかった。いつもは論文を読んでもらうのを待つばかりなので、たまに注目されるのもいいですね」と笑う。
研究が広く知られたことで、海外の研究者から連絡を受けてオンラインで議論し、国内の科学館での講演の依頼も増えるなど新しい刺激も。受賞後も新たな研究に着手し、動物やヒトの集団行動の背景にあるメカニズムや普遍性を解き明かすため、日々分析を続けている。
「身近な素材から思いもよらない発見があるのが科学の魅力。これからも自分なりに何かを突き詰めていきたい」と研究に意欲をみせる。(三味寛弥)
むらかみ・ひさし 1987年、大阪府八尾市生まれ。神戸大大学院で博士課程を修了。今年1月から京都工芸繊維大の助教に就任。沖縄での実験の合間には、シュノーケリングを楽しむ。