大阪市北区曽根崎新地のビル4階のクリニックから出火、24人が死亡するなどした放火殺人事件で、谷本盛雄容疑者(61)の犯行の全容が徐々に明らかになってきた。催涙スプレー2本とオイルライターを持参、放火後、自ら火に入って行った。直前に放火された居住先には、犯行計画とみられるメモやガソリン臭がする液体入りの容器も残っており、〝予行演習〟だった可能性もある。
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殺人と放火の疑いがもたれている谷本容疑者は重体で治療中。所持品から催涙スプレー2本が見つかったほか、現場に焼けたオイルライターが落ちていた。
心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」の防犯カメラには、谷本容疑者が大きな紙袋2つを両手に持って受け付けを済ませ、出入り口付近の床に置いた紙袋を蹴り倒してしゃがみ込み、紙袋から漏れ出した液体にライターのようなもので点火する様子が写っていた。出火後も逃げるそぶりはなく、火の中に入っていくような行動を取っていた。
ビル火災の約30分前にボヤがあった同市西淀川区の居住先からは「消火栓をどうすべきか」などと書かれたメモが一部焼けた状態で見つかった。「隙間を何とかしなければ」とのメモもあり、居住先の窓の隙間は補修材のようなものでふさがれていた。居住先に火を付けて犯行の予行演習をしていたとみられる。意味不明な部分も多く、同容疑者の精神状態が不安定だった可能性がある。
居住先からはガソリン臭がする茶系の液体が入ったプラスチック製容器も見つかった。1年以上前にいったん家を出て最近になって再び住み始めたという情報がある。公共料金は谷本容疑者が契約し、住宅にはクリニックの薬の袋があった。
谷本容疑者は約20年前、西淀川区の住宅に妻や息子らと引っ越してきた。2002年から板金工場で腕の立つ板金工として働き、真面目できちょうめんだったが、仕事上の指導を受けるとかっとなるなど短気な一面もあったという。
08年に突然、工場に顔を出さなくなり、この頃に妻と離婚したとみられる。09年に「また使ってくれ」と再入社。10年8月に退社し、その後連絡が途絶えた。
翌年の11年4月、谷本容疑者は長男宅のマンション一室で、飲酒をしていたところで口論となり、かばんに入れていた包丁で頭部などを刺したとして、殺人未遂容疑で大阪府警に逮捕された。長男は頭や肩にケガをしたが、命に別条はなかったという。