「逃げて、と伝えていれば」北九州放火追起訴 遺族「殺人なのに」

2021年3月に北九州市八幡西区陣山で酒店の店舗兼住宅が燃えた火災があり、福岡地検小倉支部は22日、店舗に火を付けたとして別の事件で公判中の男性被告を追起訴した。火災では酒店経営の高齢女性が犠牲となったが、黙秘を続ける被告が追起訴された罪名は現住建造物等放火罪のみで、殺人罪は適用されていない。「殺人なのに」。納得できない遺族は、法廷で被告の本音を聞きたいと願っている。
火災で燃えた「森重酒店」は、店内で立ち飲みできる「角打ち」の名店だった。北九州角打ち文化研究会(角文研)発行のガイドブックに収録され、常連客だった角文研初代会長の須藤輝勝さん(74)=北九州市若松区=は「いつ行っても常連客がいて、黒崎に行けば必ず行く店だった」と惜しむ。
森重酒店は、火災で亡くなった森重律子さん(当時82歳)の義父が戦後間もない1948年に創業。かつては地元の製鉄所で働く労働者らで店はにぎわい、最盛期は朝から夜まで1日70人ほどの客が訪れた。律子さんも夫と店を手伝い、店を継いだ夫が急死した後は義弟の雅登さん(77)を中心に店を切り盛りした。
数年前から耳が遠くなった律子さんは接客から遠ざかっていたが、開店前の掃除や閉店後の皿洗いなどは買って出た。客は1日5、6人ほどに減ったものの常連客に愛され続けた。「おやじが作った店をつぶさんごと」と話す雅登さんと踏ん張ってきたが、3月5日に店は火にのみ込まれた。
小さなボウルで水運ぶ姿
店にいた雅登さんは通行人の男性から大声で「壁から火が出とう。消火器はないんか」と言われた。台所にあった消火器を取り外そうとしていると、壁から店内に煙が入ってきた。土足のまま店の奥の居間に上がり、テレビを見ていた律子さんと律子さんの娘(56)に「火事!」と知らせ、台所に戻ってたらいに水をくみ、消火しようと2往復ほどした。律子さんも、小さなボウルに水をくんで運んでいた。それが最後に見た律子さんの姿だった。
すさまじい勢いで煙が広がり、照明も消えた店内は真っ暗になった。雅登さんは意識を失いかけながらも勝手口からはって出て、隣接する会社の従業員らに抱えられて救出された。焼け落ちる店を、ただぼうぜんと見つめるしかなかった。
辛うじて逃げ出した律子さんの娘とは再会できた。律子さんは焼け跡から遺体で見つかった。「逃げて、と伝えていれば。でも、仮に伝えていても(消火に)ついてきたと思う。家を守る、そういう人だった」
黙秘を続けている森本晴政被告(49)は、殺人罪には問われていない。真実が見えないもどかしさに、雅登さんの口から思わず本音が漏れた。「(遺族からすれば)殺人やもんね……。人が亡くなったことをどう感じているのか、聞いてみたい」【成松秋穂、内田久光】