信頼厚かったクリニック、患者800人行き場失う…「体の一部を奪われたような気持ち」

大阪・北新地の心療内科クリニックで起きた放火殺人事件では、行き場を失った患者らの支援という問題が浮上している。都心にあるクリニックは、心の不調を訴える働き手の社会復帰を支える場として信頼が厚く、800人以上が利用していた。

「薬がなくなり、早く新たな通院先を見つけたいが、どうすればいいのか」。被害を受けた「西梅田こころとからだのクリニック」に通っていた大阪府摂津市の会社員男性(51)は戸惑う。
うつ病を患い休職し、2015年から通院。事件で亡くなった院長の西沢弘太郎さん(49)が親身に接してくれ、19年に復職した。時折、症状が出るため、2週間に1回通院していたが、心の支えを突然奪われた。
「いつも味方でいてくれた院長を失い、体の一部を奪われたような気持ちだ。信頼できる先生にまた出会えるだろうか」。インターネットで新たな通院先を探すが、不安は消えない。

クリニックは15年10月に開業。西日本有数の繁華街にあり、平日は午後10時まで診療していたため、会社勤めの人ら多くの患者が通院していた。大阪府などによると、利用者は大阪、京都、兵庫の3府県だけで少なくとも800人に上る。
力を入れてきたのが、うつ病などで休職した患者らの職場復帰を支援する「リワークプログラム」だった。患者らが医師や臨床心理士の助言を受けながら集団でリハビリを行い、人との接し方やストレスへの対処方法などを身に付け、病気の再発防止や復職を目指す。
プログラムに取り組む医療機関などでつくる「日本うつ病リワーク協会」(東京)によると、08年に約30だった会員の医療機関は約200に増加。同クリニックは大阪府内に13ある会員医療機関の一つだった。
摂津市の会社員男性もプログラムの経験者で、「前向きに取り組んでいた人たちは今、心が折れてしまっているのでは」と心配する。
厚生労働省の調査では、17年の精神疾患の患者は約348万人で、05年の1・3倍に増えた。コロナ禍でうつ病や、うつ状態の人が増えたとのデータもある。メンタルの不調が原因で失業する人も多く、心療内科の役割は増している。
プログラムを行う京都府内の医療機関の担当者は「継続的な実施が重要で、その場を奪われた人への影響は大きい。別の実施機関を探す必要があるが、新しい環境になじめるか心配も大きいだろう」と懸念する。

支援の動きも始まった。大阪府はクリニックの通院者や事件で心のケアが必要になった府民を対象に専用の電話相談窓口を20日に開設。ケースワーカーや心理士が対応し、薬に関する相談や治療を受けられる別の病院や診療所を紹介している。21日までに75件の相談が寄せられたという。
大阪精神科診療所協会(大阪市)は、所属する医療機関に対し、クリニックの患者を受け入れるよう要請した。協会の担当者は「府内の診療所に多数の問い合わせがあると聞いている」と話す。
精神疾患の治療に詳しい大分大医学部の寺尾岳教授は「心療内科などの患者は医師とのつながりが深く、通院先をなくすと喪失感や不安が大きい。自治体は関係団体と連携して医療機関につなぎ、患者が環境変化に対応できるようきめ細かい支援をすべきだ」と話す。