遺産金を狙って当時交際していた男性4名を殺害した犯人として、2014年に逮捕された筧千佐子の死刑判決が2021年に確定した。過去に例のないほど大規模な「後妻業殺人事件」を起こした犯人はいったいどのような思いで獄中の日々を過ごしているのだろうか。
ここでは、ノンフィクションライターとして活躍する小野一光氏の新著『 全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体 』(幻冬舎アウトロー文庫)の一部を抜粋。獄中の筧氏の心境に迫る。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
◆◆◆
千佐子からの“恋文”
東京に戻ったときには、千佐子からすでに2通の手紙が届いていた。それから次の面会までにさらに2通が送られてきた。
千佐子の手紙には、まるで“恋文”のような言葉が多用される。それに加え、たとえば〈人恋しいです。お会いしたいです(本心で)〉と書かれた葉書では、黒いペン文字に加えて〈人恋しい〉の文字の横には赤い傍線が引かれ、〈お会いしたい〉の文字は赤く囲まれ、〈(本心で)〉の横には赤い傍点が振られている。
また別の手紙ではこのような言葉もあった。赤く囲まれた〈お会いしたいのです〉との文字に続いて、〈とじこめられた場所にいるので人恋しいのです。こんな処(? シューン)にいるのに、こんな出会い(? ?)があるなんて夢のようです(夢ならさめないで)。自分がおかした罪が消しゴムで消したいです(夢のようなこと言ってスミマセン)。だからといって死ぬ勇気もないダメ女です(シューン2回目ですね)〉とある。
この手紙では幾度も私に会いたいと記したうえで、最後は〈どこでくらしても、女ですもの。女ですもの……〉と締められている。それは彼女がみずから現役の“女”であることを強調した文面だった。
さらに別の手紙では、またもや「死刑」について触れている。
〈私はそのうち、死刑(? シューン)になって小野先生より先にあの世の住民に(先住民)なっておりますので、その時にお会いして御礼と、たくさん、いっぱい、お話したいです。それまでお話して下さい。謝々 スミマセン……〉
ここでは「死刑」というシリアスな単語に、ユーモラスに落ち込みを表現する「シューン」が続いたり、自己の死を表す「あの世の住民に」という表記に加えて「(先住民)」との補足を加えるなど、理解し難い点も少なくない。だが、すべての手紙を通していえることは、千佐子が私に面会にやってきてほしいという主張をしていることだ。
彼女は、私に向かって秋波を送ることで、なにを望んでいるのだろうか。
毒の話題に感情を昂らせる
11回目の面会をしたのは12月19日のことだ。最初の雑談を交わすと、犬の話になって涙を流す。「もう子供の話では泣かへんけど、犬の話になったらすぐに涙が出るわ」と話したそばから、「子供の話は思い出さんようにしてる。考えると落ち込むし」との言葉が出てくる。
この日、私は千佐子が高校時代に仲の良かった吉村秀美さん(仮名)の名前を出した。
「先生、ほんまによう知ってんなあ、すごい調べてるわ。そう。あの人がいちばんの親友。よく互いの家に行ったり、旅行に行ったりしてた。私が北九州に行ったときも彼女の家に泊めて貰ったりとかな……。吉村さんとはクラスが同じで、苗字が『や』と『よ』で並んどるやろ。それで仲良くなったんよ」
そして千佐子は続ける。
「あの人がなんか事業で失敗したときに、1000万か2000万か、私がおカネを貸したんよ。あのときは私もおカネを持っとったからな」
「そのおカネは?」
「私は人におカネを出すときは、返してもらおうとは思ってないから。ほかにもあったわ。私がおカネを持ってるのをどこで聞きつけたのか、いろんな人が助けてほしいってやってきた。それでもう、これまでになんぼおカネを出したか。やっぱ困ってる人を放っておけんやろ」
私は千佐子に「今日もまた付き合った相手について聞くね」と前置きして、「松原市の山口俊哉さん(仮名)、憶えてる?」と尋ねた。
「ああ、おったなあ。あの人は土地をいっぱい持っとった。けど、ケチやったよ。私はなんにも貰ってない。おカネがある人のほうがケチやね」
山口さんについてはこれまでに書いている通り、千佐子が土地を受け継いで名義変更を行っている。また、高橋さん(仮名)の親族らに約4900万円もの返済をした際の原資となったのは、彼の遺産だとされている。だが、私はそれに触れることなく続けた。
「毒」は誰からもらったのか
「じゃあ、大仁田(隆之)さん(仮名)は?」
「あの人は商売やっとったやろ。商売をやってる人は、事業資金やらなんやらで、自由にできるおカネはないねん。ただ……」
「ただ?」
「私が付き合った人はみんなおカネ持ちやったわ」
「たとえば高橋さんとか片岡さん(仮名)は?」
「ああ、あの人らはそんなになかった。けど、逆におカネがないけどケチやなかったよ」
翌12月20日、前日に続いて私は千佐子に木内義雄さん(仮名)の名前を出した。造園業をやっていた木内さんについての情報を、私はほとんど持っていない。
「え? 木内さん? どんな人やったかな」
千佐子はすぐには思い出せないようだ。それで私は堺市にある彼が住んでいたマンションの特徴を話した。
「ああ、おったねえ。でもあの人は普通の人。おカネ持ちというわけでなく、ハンサムというわけでもない。こっちの言葉でいう『普通のおっちゃん』やね」
少なくとも過去に交際していた相手だったにもかかわらず、彼女の人物評は「普通のおっちゃん」。これだけだった。
この日、私は「毒」こと青酸化合物(裁判では途中からシアン化合物)について質問しようと考えていた。千佐子はこれまで公判で、毒は矢野プリント(仮名)時代に出入り業者から貰ったと証言している。さらにその使用目的は、高級な製品に色の刷り間違いをした際に消すためとしていた。だが、とある人物への取材によって、その証言が疑わしいとの思いが高まったのだ。
ここで割り込むかたちになるが、その人物への取材の内容をあらかじめ記しておきたい。その人物とは、矢野プリントの元従業員・大嶋博美さん(仮名)である。
「矢野プリントでは女の人ばかり、5、6人が働いてました。みんなパートです。奥さん(千佐子)は経理と電話受付、それから配達に行ったり、あと色と色を調合して印刷する色を作ったりしていました。それで工場には長い台があって、流れ作業で私たち従業員が色を重ねていくんです」
食い違う証言
大嶋さんによれば、高級品を扱っているわけではなかったという。
「発注元が裁断された布きれを送ってきて、それに工場で色をつけて送り返すという作業です。商品は赤ちゃんの前掛けとか、子供のパンツのお尻部分の下絵とかでした。布の表裏の間違いとかはありましたが、プリントを失敗したので色を消すということはありません。安い布きれですから、そういうことがあれば廃棄していました」
この証言からわかる通り、高級品を扱って色間違いを修正するということはなかったのである。というわけで、ふたたび千佐子との面会室での対話に話を戻す。私は彼女に「毒についてなんだけど、裁判で入手先は出入りの業者だって言ってたよね?」と質問した。
「そうや。毒は出入り業者から貰ったんよ」
「名前とか憶えてる?」
「たしか和歌山の人やったと思うけど、もう忘れたわ」
「でも、青酸で布の色を落とすとかって、本当にできるの?」
「そんなん私、専門家やないから、よう知らんわ。ただ、私がそう言われて(毒を)貰ったのは間違いないから。うちで扱ってた製品のうち高級品で色のミスがあったら大変やろ。それを消すためやって……」
「でも高級品って扱ってた? 赤ちゃんの前掛けとか、子供のパンツとかじゃなかった?」
「違うわ。それ以外にも高級な製品があるやろ。その色のミスを消すためやったの……」
そう口にして感情を昂ぶらせた千佐子は、こちらがなにを言っても聞く耳を持たず、延々と毒は印刷間違いを消すために出入り業者から貰ったものだとの自説を繰り返した。そして興奮からか、事件についても話し出す。
「警察は十把一絡げで私がやったって言ってる。でも私が記憶してるのは橘さん(仮名)だけ。あの人が差別したからや。ほかの人はやったという記憶がない。ただ、1人殺しても、10人殺しても死刑やんか。だから、もうええわと思って、受け入れたんよ」
『危ない薬』のことは思い出したくない
だが現実的にいえば、1人を殺害して死刑になる可能性があるのは強盗殺人や放火殺人などで、千佐子の犯行内容で被害者が1人だけならば、死刑の判決が出るとは考え難い。そのことを知るからこそ、橘さん1人だけの殺人を認め、他は否認する選択をしたのではないかとの疑念は、公判の段階から常につきまとっている。
残り5分で犬の話題を持ち出して、千佐子の機嫌をなんとか取り戻した私に、彼女は「私が死んだときにお願いしたいのは、棺のなかに犬の写真を入れてほしいということ」との言葉を残して、面会室を出ていった。
翌12月21日、面会室に現れた千佐子に、私は差し入れようとしたが不許可だったシーズーの卓上カレンダーを見せた。その写真を見た途端、彼女の目にぶわっと涙が浮かぶ。「先生、これアドちゃんにそっくりやわ」そう言ったあと、感極まった彼女は続けた。
「先生、私もう死刑になってます。本気やったら自殺できたらええんやけど、その勇気がない。先生、先生とは私、死刑の直前まで会います」
死刑が確定してしまうと、特例を除き取材者が死刑囚と面会することはできなくなってしまう。だがそれをここで伝えても仕方がない。やがて私は千佐子に「そういえば昨日、毒は和歌山の業者から貰ったって話してたよね」と話題を振った。だがそこで彼女はふたたび、自分が色を調合していてそれを消すために貰ったとの話を繰り返す。
「たしか『毒』とは言わず、『危ない薬』という言い方やったね。思えば私の間違いの始まりは、その人から毒を貰ったこと。別にその人を庇っとるわけやないよ。自分のなかで消したい、忘れたいことやから、思い出せんことなのよ」
そして前にも聞いた、自分の健康な臓器を寄付したいという話を始めたのだった。
【続きを読む】《近畿連続青酸死事件》「憶えていない」「殺した記憶がない…」都合の悪い話をはぐらかし続けていた筧千佐子が一変…目を見開いて怒りだした“禁断の質問”とは
《近畿連続青酸死事件》「憶えていない」「殺した記憶がない…」都合の悪い話をはぐらかし続けていた筧千佐子が一変…目を見開いて怒りだした“禁断の質問”とは へ続く
(小野 一光)