生きづらさを感じる人の相談に応じ、自殺を止める防波堤となってきた「埼玉いのちの電話」が、開設から30年を迎えた。これまでに約70万件の相談を受け付け、様々なSOSにじっと耳を傾けてきた。一本の電話に支えられ、つながれた命もあった。(豊川禎三)
「ゆっくりでいいですから。つらい時は誰かに気持ちを打ち明けて」。16日、さいたま市の事務所で相談員が途切れがちな声に耳を澄ませ、静かに声を掛けた。この日も終日、電話が鳴りやむことはなかった。
埼玉いのちの電話は、1991年に電話3台でスタート。現在はさいたま市、埼玉県川越市の計7台で24時間、年中無休で対応にあたっている。相談件数は2013年の3万1206件をピークに減少傾向にあるが、20年は2万2541件を数え、12年以降、全国のいのちの電話の中で最多となっている。21年は8月までに約1万5000件に上った。
20年以降は新型コロナウイルス感染拡大による孤独や不安、経済苦を訴える相談が多くなった。著名人の自殺も重なり、相談員が「自殺する可能性」を感じた「自殺傾向」件数の割合が20年は15・2%になった。前年よりも1・2ポイント増え、対応が急務となっている。
「もう死にたい。殺してくれる人知らない?」(60歳代女性)。毎日のように悲鳴のような電話がかかってくるが、相談員は「今日は死なない」との言葉を聞くまで、決して電話を切ることはないという。
「電話してくるのは『生きたい』から」。60歳代の女性相談員はこう話す。阪神大震災をきっかけに、相談員を25年間続けてきた。「頑張れ」とは言わず、助言も無理には押しつけない。聞き役に徹し、気持ちを受け止め、寄り添い続ける。
活動の支えは、電話の向こうの相談者の声だ。深刻な内容に打ちのめされることもあるが、「話せて楽になった」と感謝の言葉を口にする人もいる。「これでもう大丈夫」。ほっとすると同時に、「こちらも生き方を教えられる。もらうものの方が多い」と、しみじみと思う。
一方、慢性的な相談員の不足が課題になっている。コロナの影響などで、登録している348人のうち、実際に働けるのは252人。毎日数人で回しているが、1日にかかってくる約3000件のうち、対応できるのは70件弱にとどまる。
自殺した人の携帯電話に、いのちの電話にかけた何十回もの発信履歴が残っていたことがある。内藤武事務局長は「電話を取れていたら救えた命もあったかもしれない」と悔やむ。まずは50人の増員を目指している。
無償ボランティアで資格は必要ないが、面接や適性検査を経て1年半の研修を受ける必要がある。過去にこの電話で助けられ、「恩返し」として働く相談員もいるという。
電話相談は、埼玉いのちの電話(048・645・4343=24時間・年中無休)。相談員に関する問い合わせは事務局(048・645・4322)へ。