「残虐な犯行であって、人命軽視の態度は甚だしく…」北九州監禁連続殺人事件で死刑が求刑された理由

起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。
もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第85回)。
「著しく短絡的、動機は悪質極まりない」「同情の余地はない」
松永太と緒方純子に対する福岡地裁小倉支部での裁判は、これまでに記した通り、逮捕から約3カ月後の2002年6月3日に始まった。しかし、その後に殺人での立件が続いたことにより、第3回公判の期日は延期され、改めて03年5月21日から、殺人罪を含めて争われるようになった。
同年10月以降は、週1回のペースで審理が行われるようになり、それは05年1月26日の第72回公判まで続く。
そしてその次の05年3月2日の論告求刑公判において、検察側による求刑が行われた。検察官によって約4時間半をかけて朗読された論告書(以下、論告書)は、以下のようにしめくくられている(一部を抜粋)。
〈本件は、既にいずれも熟年の域に達している被告人両名(松永と緒方)が、平成8年(1996年)2月から平成10年(98年)6月までの間に、何ら落ち度のない被害者7人をその支配下に置き、まともな食事も与えないままに通電等の虐待を繰り返すなどした上で、かけがえのない生命を次々に奪ったほか、乙女(原武裕子さん=仮名、以下同)に対する詐欺・強盗事件及び監禁致傷事件を敢行し、その後も、甲女(広田清美さん)に対して監禁致傷事件を犯したというものであり、全国的にも「北九州監禁連続殺人事件」として大きな社会不安を招いた事件であって、犯行の罪質、結果、社会的影響は極めて重大である〉
続いて論告書はふたりの犯行動機について触れる。
〈いずれも、被告人両名が被害者らを監禁状態において支配し、過酷な生活制限と虐待を通じて厳しく金銭的に搾取し、その全財産を巻き上げて被告人両名の逃亡・潜伏資金とすることと、当該被害者に対する犯行、あるいは過去の種々の犯行の発覚を免れる目的にあり、いずれも自己中心的である上、被告人両名は、これら被害者が金づるとしての利用価値を失ったと見るや、口封じを兼ねて安易にこれを殺害してきたというものであり、著しく短絡的でもあって、動機は悪質極まりない。取り分け、被告人両名は、これら一連の犯行を敢行する過程で、再三にわたり犯行を踏み止まる機会があったにもかかわらず、刑事責任の追及を免れることばかりに汲々とし、更に重大な犯行を犯し続けてきたものであって、同情の余地はない〉
死体を解体、公衆便所等に投棄…「犯行後の状況も極めて悪い」
論告書は、ここでこの一連の事件の犯行態様の悪質さを指摘した。
〈自らの手を汚すことを避けるために、いずれ殺害する予定であった被害者等に命じて実行行為を行わせたり、既に被告人両名による虐待の末に著しく衰弱していた被害者に対してなおも虐待を繰り返してなぶり殺しにするなど、いずれも確定的な犯意に基づく残虐な犯行であって、人命軽視の態度は甚だしく、ことに、絞殺の場面においては、被害者が息を吹き返すことのないよう、その呼吸が止まってからも数分間にわたって頸部を絞め続けていたというのであり、その執拗性も際立っている。また、被告人両名は、これら7件の殺人を完全犯罪とすることをもくろみ、被害者の遺品等を処分したことはもとより、その死体をこともあろうに解体処分し、果ては公衆便所等に投棄したものであり、本件は犯行後の状況も極めて悪い〉
前科がないことは「逃亡生活の徹底ぶりを反映するにすぎない」
加えて、時効を迎えてしまった彼らの前歴についても糾弾する。
〈被告人両名は、前科はないとはいえ、過去に2度にわたって指名手配を受けた前歴があり、その他にも多数の詐欺等の余罪があることを自認しているところであり、被告人両名に前科がないことは、他者を次々と犠牲にすることで初めて維持可能であった逃亡生活の徹底ぶりを反映するにすぎず、何ら両名にとって有利な情状と見るに値しない。

以上の諸事情を反映し、本件被害者及び遺族はいずれも厳しい処罰感情を示しているが、これらを耳にしてもなお、被告人両名は何ら慰謝の措置を講ずることもなく、殊に松永に至っては、なおもその弁解を二転三転させて自己の刑事責任回避のみに終始している有様であり、何ら反省の情が認められないばかりか、今なお被害者を不当に貶めてさえいることが明らかである〉
ここでは、とくに松永の公判における“悪あがき”について糾弾しているが、続いて、自白して捜査に協力した緒方に対しても、厳しい処罰を求める言葉が出てくる。
緒方の自白を過大評価することは「目先に囚われた議論」
〈本件を解明するにあたり、緒方の自白が極めて重要な役割を果たしたことは検察官も否定しない。しかし、犯行後の反省に基づく自白は、永山(※則夫)判決における「犯行後の情状」に当たる要素であり、被告人の主観的事情に着目したものであって、本来、量刑の副次的な考慮要素にすぎない。また、本件において、緒方が自白したことを過大評価することは目先に囚われた議論であり、より本質的には、被告人両名が徹底的な罪証隠滅工作を講じ、かつ検挙後も黙秘・否認を長期間にわたって継続したことが直視されるべきである。

そもそも、本件の事案の解明が困難となった理由は、検察官が論告の冒頭で指摘したように、被告人両名が、被害者らの死体、殺害の凶器等はもとより、被害者の生存・失踪の痕跡等々の各証拠を徹底的に隠滅したからである。その証拠隠滅工作がこれほど徹底していなければ、甲女の供述を元に客観証拠を収集し、本件をより簡易かつ詳細に解明できたことは多言を要しない。ひいては、本件がこれほどの重大犯罪に至るまでに発覚し、被害者のうち幾人かを救う可能性さえ残されていたはずである〉
つまり、緒方が自白したことについては一定の評価をするが、そもそもは、それ以前に緒方が松永の指示に従うまま証拠隠滅に協力したことで、事件の発覚が遅れ、かように事態を重大化させてしまったということである。論告書はさらに続く。
「死体なき殺人事件」の捜査
〈また、緒方の自白は、被告人両名が逮捕後も黙秘・否認を続け、松永に至っては未だに不合理極まる弁解に終始しているからこそ、それとの対比の上で、強い印象を与えているにすぎない。緒方が自白に転じたことは確かに緒方に有利な情状であるが、同時に、緒方を含めた被告人両名の自白以前の態度が捜査をいかに混迷させ、社会を不安に陥れたかを忘れることも許されない。真相を明らかにするために捜査機関が実施した捜査は質量共に膨大であり、また、その間の捜査に協力した各関係者の有形無形の苦労・心痛には計り知れないものがある〉
ここでの指摘にあるように、「死体なき殺人事件」の捜査がいかに大変であるかは、当連載で前回、この論告書を作成した元検事が語っていた通りである。
〈してみれば、緒方の自白を有利な情状として勘案するとしても、それは、被告人両名による罪証隠滅工作と、検挙後の長期間にわたる黙秘・否認とを相殺するにさえ不十分であることは明らかである。ましてや、かかる自白が殺人事件そのものの犯情を軽減する方向に働くなどという理解は、およそ被害者やその遺族の心情を踏みにじるものと言う他なく、かかる諸事情を十分に考慮するならば、緒方の自白が死刑回避の理由にはならないことも明らかである〉
「地下鉄サリン事件」有名な事件と比較して
次に論告書は、一般的に「被害者が3人ならば死刑」とされる「永山基準」に則らなかった判例を持ち出し、この事件と比較する。
〈前記永山判決以降の下級審裁判例の中には、永山判決の基準に照らし極刑が言い渡されてもおかしくないのに、無期懲役刑を宣告したものも散見されるが、これらの裁判例と本件では、前提となる事実に大きな隔たりがあることを指摘しなければならない。

例えば、東京地裁平成10年(98年)5月26日判決は、いわゆる地下鉄サリン事件等の実行犯であったA(原文実名)に対し、検察官の無期懲役求刑を受けて無期懲役刑を宣告したが、これは、同事件について自首が認定されている上、その自首が、国家転覆さえもくろむ過激な宗教団体による上記組織的大量殺人事件の全容解明や、同団体による将来の凶悪犯罪の防止に少なからず寄与したことが最大限考慮されたものであるところ、本件における緒方の立場を上記Aと同一視することは到底できないというべきである。

また、さいたま地裁平成14年(02年)2月28日判決は、埼玉県本庄市内における保険金目的の連続殺人事件の主たる実行犯であったB(原文実名)に対し、同じく検察官の無期懲役求刑を受けて無期懲役刑を宣告したが、同事件は、その殺害された被害者が2名に止まっている上、年端のいかない少女時代に主犯者から籠絡され、主犯者との生活以外の外界の経験を全く経ることがなかったという上記Bの生活環境には特段の考慮をすべき事例であったと認められる。これに対し、本件は、被告人両名により殺害された被害者が合計7名にものぼり、その犯行態様の残虐非道ぶりも上記事件とは比較にならないほどに際立っている上、緒方と上記Bの生活歴を同一視することはできないといえよう〉
松永、緒方とも死刑を求刑
最後に論告書は次のようにまとめる。
〈以上に照らせば、本件は、被告人両名の罪責は誠に重大であると言え、本件一連の犯行のごとき重大な被害、特に7名もの殺人を遂げた点で、罪刑の均衡の見地からも、また同種事案との均衡上も、被告人両名には極刑をもって臨むことが必要であるし、甲女が逃げてさえいなければ、被告人両名は7件の殺人を含む本件全体について完全犯罪を遂げていたであろう点なども考慮すれば、同種事案の続発を防ぐという一般予防の見地からも、被告人両名には極刑をもって臨むことが不可欠である〉
この言葉に続いて、検察官は松永と緒方に対して、ともに死刑を求刑したのだった。
( 第86回へ続く )
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(小野 一光)