昨年の衆院選、小選挙区で敗北した自民党の甘利明幹事長の辞任を受け、岸田文雄首相が後任幹事長として白羽の矢を立てたのは外相の茂木敏充氏だった。驚きをもって受け止められたが、結果から見ると「成功」と言っていいだろう。
自民党総裁選の際、派閥としてまとまって行動したのは、領袖(りょうしゅう)が出馬した岸田派だけ。つまり、今の自民党は有力者の抑えが効かなくなっているということだ。さらに、各有力者の方向性も微妙に違う。そのバランスのとり方も難しい。
こうした状況の党内を取りまとめていくには、あくまで「理」をもって仕切っていくほかはない。もし、「情」をもって各派のバランスをとろうとすれば、それぞれの思惑に流されて収拾がつかなくなってしまうだろう。その意味で、茂木氏はうってつけである。
茂木氏は東大経済学部を卒業後、読売新聞などを経てハーバード大ケネディ行政大学院に留学。帰国してマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社した。合理的な判断力はこうした経験から養われたものであろう。
初当選は1993年の衆院選。細川護熙氏率いる日本新党から出馬した。この時、同党の同期には、野田佳彦元首相や、立憲民主党の枝野幸男前代表、東京都の小池百合子知事らがいる。自民党では、安倍晋三元首相、岸田文雄首相も、この時の初当選組だ。
茂木氏の有能さには定評がある。その手腕を買われて、これまで金融相、IT担当相、経産相、経済再生相、外相、自民党政調会長など、内閣や党の要職を務めた。
今回、幹事長に就任したことにより、田中角栄元首相が唱えた「首相の条件」(=党三役のうち、幹事長を含む2つと、蔵相(現財務相)、外相、通産相(現経産相)のうち2つ)を満たす唯一の政治家となった。さらに、昨年12月には念願の旧竹下派(平成研究会)会長にも就任。派閥領袖の地位も得た。
こうなると、もはや首相を目指さないわけにはいかないだろう。
だが、これまでのところ、外形的な条件に比較して、不思議なほどに「茂木待望論」は聞こえてこない。最大課題は「徳」の部分だろう。「理」が勝っている分、「情」の部分が物足りなく見えてしまうのかもしれない。
茂木氏が学ぶべきは、派閥創設者である竹下登元首相の手法である。「汗は自分がかきましょう、手柄は他人にあげましょう」が口癖で、「怒っているのを見たことがない」といわれるほど穏やかな姿勢を貫いた。
もし、茂木氏がそんな竹下流を身に付けたとすれば「鬼に金棒」だ。もともと、ポテンシャルが高いだけに、昨年の総裁選に出馬した各氏を押しのけて、一気に総裁選レースを制することもあり得る。
■伊藤達美(いとう・たつみ) 政治評論家。1952年、秋田県生まれ。講談社などの取材記者を経て、独立。永田町取材三十数年。政界、政治家の表裏に精通する。著作に『東條家の言い分』『検証「国対政治」の功罪』など多数。『東條家の言い分』は、その後の靖国神社公式参拝論争に一石を投じた。