米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃を受け、日本で暮らすイラン人から1日、連絡がつかなくなった現地の家族を心配する声が上がった。イランの現体制への打撃を喜ぶ意見も聞かれた。
東京都内でペルシャじゅうたん店を営む男性(60)は、90代の両親ときょうだいが首都テヘランにいる。2月28日午後、家族から「攻撃が始まった。インターネットが切れる可能性がある」とのメッセージが届き、その後、連絡は途絶えた。
男性は「とにかく家族が心配。戦争で犠牲になるのは一般市民ばかりだ。一日も早く落ち着いてほしい」と話した。
東京・新橋でペルシャ料理店を経営するナビド・モハンマディさん(52)は「イランでは電話やインターネットがチェックされ、自由や権利が奪われている。イラン革命前に戻ってほしい」とし、米国などの攻撃を歓迎した。
20年ほど前に来日したが、最近は現体制への嫌悪感から帰国していない。親族や友人はイラン国内にいるが「多くのイラン国民は現体制が続くよりもチェンジを望んでいる」と強調した。
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イベント準備中の作業事故 70歳男性が2階から転落か 意識不明の重体《新潟・上越市》
2月28日、上越市でイベント準備中の作業事故が発生しました。
事故があったのは上越市安塚区切越の集落開発センターです。午後4時半ごろ、イベント関係者から消防に「男性が2階から落ちた」と通報がありました。
救急隊が駆け付けた際、男性(70)が血を出して地面に倒れており、病院に搬送されましたが意識不明の重体となっています。
男性はキャンドルイベント「灯の回廊」の準備をしていて、2階の窓付近に電飾を取り付ける作業中でした。
付近には足をかけられる窓枠のようなものがあり、警察は男性が足を踏み外した可能性などを含め事故の経緯を詳しく調べています。
自転車の男子中学生に車で衝突か…男(45)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕男は「わざとぶつけた」という趣旨の説明男子中学生は軽傷
きのう(28日)、神奈川県厚木市で自転車の中学生に車で衝突し殺害しようとしたとして、45歳の男が現行犯逮捕されました。中学生1人が軽傷です。
殺人未遂の疑いで現行犯逮捕されたのは、厚木市の自称・パート従業員の45歳の男です。警察によりますと、男はきのう正午ごろ、厚木市で乗用車を運転し、自転車で走行中だった男子中学生(10代)に後ろから衝突し殺害しようとした疑いがもたれています。
男子中学生は顔を打撲するなどして軽傷です。
警察官が駆けつけたところ、男が「わざとぶつけた」という趣旨の話をしたことなどから、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕したということです。
男は取り調べに対し、容疑を認めているということです。
当時、男子中学生は友人らと5人から10人ほどで自転車に乗っていたということで、警察が詳しいいきさつを調べています。
日本政府「イランの核兵器開発は許されない」、トランプ氏に配慮し日米結束を優先…攻撃について支持・批判せず
日本政府は1日未明、イラン情勢に関する外相談話を発表し、「イランによる核兵器開発は決して許されない」と訴えた。トランプ米政権の主張に配慮した内容で、米軍による攻撃については支持も批判もしなかった。高市首相訪米を中旬に控え、日米の結束を維持しつつ沈静化を呼びかける。
談話は、2月28日深夜の国家安全保障会議(NSC)後に発表された。木原官房長官は記者会見で、軍事攻撃への評価を問われ、「鋭意情報収集している」などと論評を避けた。
政府は1月の米軍によるベネズエラ攻撃でも、国際法上の評価を控えた。中国やロシアに「力による現状変更を許さない」と訴えてきただけに、二重基準との批判を招かないよう、「自由、民主主義、法の支配」の尊重を談話に明記してバランスに腐心した。
茂木外相は1日、先進7か国(G7)との電話会談で日本の立場を伝え、自国民保護に向けて連携を呼びかけた。
トンネル内で車同士が衝突 外国籍含む11人が病院搬送 三笠市
北海道三笠市のトンネルで車同士が正面衝突し、外国籍を含む11人が病院に搬送されました。
1日午後2時すぎ、三笠市西桂沢にある白亜トンネルで、「トンネル内で車同士の事故が起きています」などと近くを通りがかった人から110番通報がありました。
警察によりますと、トンネル内で普通乗用車がなんらかの理由で対向車線にはみ出し、ワンボックスカーに正面衝突したということです。
消防によりますと、この事故で外国籍の人が10人、日本人1人が病院に搬送されました。警察によりますと高齢の人1人が、意識がはっきりしない状態だったということです。
事故当時、現場の路面は一部凍結した状態でした。警察が詳しい事故の原因を調べています。
「国際法違反、許せない」イラン攻撃巡り神奈川・横須賀の米海軍基地前で抗議集会 サイレント形式で武力行使を批判
米国とイスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を始めたことを巡り、横須賀市内で平和運動に取り組む市民団体「非核市民宣言運動・ヨコスカ」は1日、同市本町の米海軍横須賀基地ゲート前で抗議集会を開いた。言葉を発しないサイレント形式で行われ、集まった約60人が「米国とイスラエルによるイラン先制攻撃に抗議します」「NO WAR ON IRAN(イランで戦争するな)」と書いたプラカードを静かに掲げ、武力行使を批判した。
報道によると、イランへの攻撃により甚大な被害が出ており、小学校への空爆では子供や学生が殺害されるなど罪のない民間人が犠牲になっているという。山梨県から訪れた女性(57)はイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザにおけるジェノサイド(集団殺害)に対してもこれまで声を上げてきた。「子供たちが犠牲になることを想像すると涙が出る。権力者がいいように武力を行使するのはおかしい」と憤る。
イランは1979年の革命以降、イスラム革命体制を確立し、政治的弾圧が続く。トランプ大統領は「体制転換」を視野に武力攻撃に踏み切ったと主張している。
しかし、同団体の松本麻里さん(57)は非難する。「イランのことはイラン人が決めるという主権の侵害。国連憲章を含む国際法に反する軍事攻撃で『力による平和』は許せない」。2003年のイラク戦争では横須賀基地から直接出撃した艦船が先制攻撃に加わった歴史を踏まえ、抗議を呼びかけた。
「HANDS OFF IRAN(イランに手を出すな)」と書いたプラカードを掲げた女性(60)は「戦争が止められず悲しい気持ちばかり。サムズアップしてくれる米軍人もいたので、思いが伝わってしい」と願いを込めていた。
同団体は同日、米軍がイスラエル軍とイランへの攻撃を即時中止することなどを求める要請書を在日米海軍司令官宛てに提出した。
国内米関係施設の警備徹底=イラン攻撃受け指示―警察庁
米国とイスラエルによるイランへの大規模軍事攻撃を受け、警察庁は1日、全国の都道府県警に対し、在日米大使館・領事館や米軍基地、イスラエルとユダヤ人関連施設などの警備徹底を求める事務連絡を出した。イランやイスラム関係施設についてもパトロールなどを強化させる。
イランが報復を示唆していることも踏まえ、配置する警察官を増員するなど態勢を強化。抗議デモなどでのトラブルや不測事態の防止、情報収集にも取り組む。 [時事通信社]
「男性が川に浮いている」 ”胴長”を身につけた男性(84)死亡 目立った外傷無し
1日夜、福岡県久留米市田主丸町で、男性(84)が川に浮いているのが見つかりました。
男性は病院に運ばれましたが、その後死亡が確認されました。
1日午後6時ごろ、久留米市田主丸町野田で、通行人から「男性が川に浮いている」と消防に通報がありました。
久留米市に住む無職の男性(84)は筑後川水系・美津留川の川岸に浮いていて、病院に運ばれましたが、およそ2時間後に死亡が確認されました。
男性に目立った外傷はありません。
警察によりますと、男性は深緑色の胴付長靴を身につけていたということです。
また、周辺には荷台にクレーンが乗っている持ち主不明のトラックが止まっていました。
警察が詳しい状況を調べています。
だから「愛子天皇」は保守から生まれる…高市首相が踏み込む”最後の聖域”皇室典範とそれが導く女系天皇
歴史が変わろうとしている。
2月24日、女性で最初の宰相となった高市早苗首相が、衆議院本会議の代表質問で、「皇室典範改正の議論が進展し、速やかにまとまることを期待する」と答弁したからだ。高市首相は、18日の特別国会冒頭の施政方針演説でも、皇位継承の安定化のために皇室典範の改正に強い意欲を示している。かなり前のめりである。
首相の念頭にあるのは、皇族が旧宮家の男子を養子とし、皇族の数を増やすことである。それは「男系男子」での継承にこだわる保守派の主張でもある。
しかし、皇室典範の改正は、保守派が基盤としている伝統を突き崩すものであり、かえって愛子内親王の天皇即位への道を開いていくことになる。
『古事記』に記された神話では、岩戸に隠れてしまったアマテラスを引き出すために、アメノウヅメが猥雑(わいざつ)な踊りであたりをわかす場面が出てくる。高市首相は、このアメノウヅメの役割を果たすことになるかもしれない。アマテラスを祖神とする「愛子天皇」が出現するからである。
今回はそれについて、順を追って考えていきたい。
2月の総選挙で、自民党が多くの議席を占めた衆議院の森英介議長も、安定的な皇位継承の議論について「先送りは許されない喫緊の課題だ」と述べ、国会の総意を早期に取りまとめるために努力すると就任後の会見で語った。
どうやら、旧宮家の養子案実現にむけて国会は動いていきそうだ。これについては今まで、自民党と立憲民主党との間で見解の相違が見られた。だが、立憲民主党が合流した中道改革連合が大幅に議席を減らしたことがそこに影響し、自民党の主張が通りそうな気配である。
もちろん、これは多数決で決めるべき問題ではなく、幅広い合意が必要である。
高市首相は憲法の改正にも意欲を示しているが、憲法の改正になると、衆議院と参議院で3分の2以上の賛成が必要である。衆議院で自民党は3分の2以上の議席を占めるようになったが、参議院ではそうなっていない。しかも、憲法改正案は国民に示され、国民投票で過半数の賛成が得られなければ改正には至らない。かなりハードルは高い。
皇室典範には、そうしたハードルはない。皇室典範は“一般の法律”で、国会が決めれば、それで改正できる。
ただし、皇室典範が「皇室法」ではない点は無視できない。「典範」と称する法律は他に存在しない。それも、明治の時代に旧皇室典範が定められたとき、それは法律ではなかったからである。
では、何だったのか。
1889(明治22)年に旧皇室典範が定められたとき、それは天皇家の「家憲」と位置づけられた。家憲とは、それぞれの家で守るべき生活の指針である。たとえば、旧財閥の一つ、三井家には「宗竺(そうちく)遺書」という家憲がある。これは、創業者である三井高利の遺言であった。
旧皇室典範が家憲である以上、それは官報には掲載されず、同時に制定された大日本帝国憲法とともに官報号外に掲載された。旧皇室典範は法律ではないので、当時の帝国議会で審議して、改正ができるものではなかった。したがって、旧皇室典範は、その後、増補はされたものの、本文は一度も改正されないまま戦後を迎えた。
戦後になると、旧皇室典範は廃止され、1946(昭和21)年に日本国憲法が公布されると、憲法附属法として新しい皇室典範が制定された。これによって皇室典範は天皇家の家憲ではなくなり、国会で改正できる一般の法律となったのである。
その際に、皇室典範ではなく、「皇室法」といった名称が使われていたとしたら、その後の扱いは随分と違うものになっていたかもしれない。だが、「典範」という呼び方が残ったことで、戦前の伝統を引きずる形になった。内容も、旧皇室典範と大きく変わらなかった。新しい皇室典範も、今まで一度も改正されていないのである。
ただ一度だけ、皇室典範の改正が行われそうな出来事が起こった。それは、現在の上皇が譲位したときのことである。
平成の時代の最後、まだ天皇の地位にあった上皇は、高齢になり、象徴としての天皇の役割を十分に果たすことができなくなってきたとして、譲位を希望した。
現在の憲法の下で、天皇は「国政に関する権能を有しない」とされている。したがって、天皇が自らの進退について意見を述べることは、それに反する。そのため、扱いが難しい事柄になり、それについて検討する有識者会議が設置された。
皇室典範においては、その第四条において、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定されており、生前に譲位することは想定されていない。それは旧皇室典範でも同じだった。ただ、それが古来の伝統というわけではない。
明治時代以前には、天皇が生前に譲位することは当たり前に行われていた。譲位した天皇は58人で、全体の半分近くにのぼる。平安時代に、藤原摂関家に代わって上皇が「治天の君」として権力をふるったのも、譲位を利用してのことだった。
しかし、明治に時代が変わると、天皇は亡くなるまでその地位にとどまることとなった。大正天皇が病によって天皇としての役割を果たせなくなったときにも、譲位することはなかった。これは日本国にとって危機だった。
危機は、皇太子(のちの昭和天皇)が摂政となることで回避された。
平成の時代、現在の上皇が譲位の意向を示したときにも、摂政を置くアイデアが出た。だが、上皇はそれを拒否した。そうなると、皇室典範に譲位の規定がない以上、それを改正するしかなかったはずである。しかし、天皇の意思による譲位を認めると、それがくり返され、政府の圧力で譲位したり、天皇が譲位をほのめかして政権に影響を与える可能性が出てくる。そこで、皇室典範は改正されず、一代限りの特例法によって譲位が実現したのだった。
皇室典範が改正されなかったのは、いま挙げた理由もあったことだろう。だが、もともと天皇家の家憲であったという重みが、そこに加わっていた可能性がある。旧皇室典範が存在した戦前の時代には、天皇は「君主」であり、一般の国民は、それに従う「臣民」だった。臣民が君主の定めたものを改めてしまうことは畏れ多い。その感覚が、どこかで働いていたように思われるのだ。
旧皇室典範が定められたとき、同時に大日本帝国憲法が制定された。この日本で最初の近代憲法を作り上げる際に、その作業に当たった伊藤博文などは、海外では宗教、つまりはキリスト教が国家を支える「機軸」になっているが、日本の宗教はその役割を果たせないと考え、皇室に機軸の役割を求めた。長い歴史を経てきた皇室こそが、日本の伝統を支える基盤になるというわけである。
だからこそ、大日本帝国憲法の冒頭では、天皇の地位が万世一系で、神聖なものであることが強調された。日本国憲法では、そうした考えはとられなくなったものの、天皇についてはやはり冒頭で言及され、日本国の象徴、日本国民統合の象徴と定められた。その点では、依然として皇室が日本の戦後国家においても機軸の役割を果たしていると見ることもできる。
保守派は、そうした皇室の伝統の要になるのは、歴史上ずっと「男系男子」で皇位が継承されてきたことにあるという立場をとってきた。
しかし、それを規定した皇室典範を改正することは、過去における天皇の決定をくつがえすことにもなってしまう。皇位継承の安定化をめざして皇室典範を改正することは、伝統を破壊する側面を持っている。果たして、保守派の間で、そうしたことが議論になったことはあるのだろうか。
そこに決定的な矛盾があるのだが、高市首相が先導する形で皇室典範の改正がなされたとしたら、それは重大な変革である。旧皇室典範から考えれば、130年以上一度も改正されてこなかったものが変わるからである。もし左派の政権が改正に乗り出せば、保守派はそれを伝統破壊として厳しく糾弾し、なんとしても阻止したであろう。その点では、保守派しか、それはできない。高市首相はそこを突いたのだ。
高市首相は、衆議院を解散したときにも見られたように、自分だけで決断したい政治家である。
初の女性首相として大きな功績を上げたい。その点で、皇室典範の改正にこぎつけたとしたら歴史に名が残る。憲法改正まで実現したら、それはとんでもない大事件である。
ただ、旧宮家の養子が可能になったとしても、前にも述べたように、養子になる人間が現れる保証はない。また、仮に現れたとしても、男系では室町時代まで遡らなければならないわけで、現在の皇室との近さを強調するには明治天皇と女系でつながることをアピールしなければならない。
それも、「女性・女系天皇」への道を開くことになるが、養子が現れず、また、現れても国民に認められなければ、次の手を打つしかなくなる。
もう一つ国会で議論されてきたのは、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」の創設である。
これについては、配偶者と子どもを皇族とするかどうかで議論になってきた。ただし、養子案が不調で、皇族の数が増えないのであれば、それを認めるしかない。認めなければ、皇族の数はまったく増えないのである。
いったん皇室典範が改正されれば、その伝統としての重みは失われ、状況に対応するために次々と改正していくことが可能になっていく。
女性宮家が創設され、その配偶者や子どもが皇族になるのであれば、それは、「女系での継承」が容認されたことになる。それは、女性天皇はおろか女系天皇への道も開くことになる。
皇室典範を改正することは、これまでの伝統を破壊し、新たな伝統を生み出す方向に作用していく。それは高市首相に対する支持が高い間にしか実現できない。となると、まさにそれは喫緊の課題である。
特別国会は18日に召集され、会期は7月17日までの150日間と定められた。この長期にわたる国会が開かれている間に、皇室典範の改正も議論される。実際の改正は次の国会かもしれないが、時代は「愛子天皇」が実現される方向に、着実に動いているのである。
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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
3人重体の衝撃、1万人が宝木を奪い合う岡山・裸祭り 外国人も1割 問われる伝統と安全
「裸祭り」として知られ、岡山市東区の西大寺観音院で室町時代から続く国の重要無形民俗文化財「西大寺会陽(えよう)」で21日、祭りの参加者6人が救急搬送され、うち3人が意識不明となる事故が起きた。長野県諏訪市の諏訪大社御柱(おんばしら)祭や大阪府岸和田市のだんじり祭など勇壮な祭りには危険を伴うものも少なくないが、専門家は「そうしたスリルこそが長年にわたり祭りを維持してきた側面がある」と指摘。伝統を守ることと安全を確保することを両立していく難しさが浮かび上がる。
1万人が2本を争奪
主催する西大寺会陽奉賛会や岡山県警などによると、事故が起きたのは祭りがクライマックスに近づいた21日午後10時15分ごろ。消防警備本部に「人が倒れている」と連絡があり、42~58歳の男性3人が意識不明の状態で相次いで発見された。このうち42歳の男性はのちに意識を取り戻したが、2人は重体のままだという。
平成28年に国の重要無形民俗文化財に指定された西大寺会陽は、まわし姿の裸衆が福男を目指し、本堂2階から投げ込まれる長さ約20センチの「宝木(しんぎ)」2本を奪い合う。負傷した6人はいずれも裸衆で、宝木が投げ入れられた直後にもみ合いが生じる中、負傷したとみられる。
西大寺会陽奉賛会の大森実会長によると、今年は例年とほぼ同じ規模の約1万人の裸衆が参加したが、例年に比べ初めての参加者が多く、外国人も1割ほどいたという。警察や民間の警備会社、ボランティアら約1150人で警備していたが、事故は防げなかった。
「自己責任で」と注意喚起
西大寺会陽では平成19年にも他の裸衆の下敷きになった男性が死亡する事故が発生。これを受けて安全対策が強化され、22年からは宝木を投下する時刻を午前0時から2時間前倒しして午後10時に変更した。
参加申し込みのホームページでは「他の参加者との接触、転倒などにより事故が発生する危険性がある」と注意をうながし、眼鏡やネックレスなどの着用や酒を飲んでの参加の禁止を明記。今年は飲酒の有無をチェックする検問を2カ所に増やした。また、転倒した際は腹ばいになるなど身を守るための注意事項も記している。
そのうえで「自己責任のもと参加してください。いかなる盗難、怪我、死亡などの事故に関して、主催者は一切の責任を負いません」としている。
大森会長は「参加される方には注意喚起してきたが、事故を防げなかった。来年の開催は原因を究明したうえで、安全確保が最優先になる。なによりも、けがをされた方の一日も早い回復をお祈りしている」と話した。
宮司が告発されたケースも
各地で営まれる祭りには西大寺会陽と同様、危険を伴うものも少なくなく、事故対策に苦慮している。
福岡の夏の風物詩として知られる博多祇園山笠では令和5年、転倒した男性が重さ約1トンの山車にひかれて死亡。翌年は警戒のため山車に並走する人員を増やすなどの対策を講じたうえで行われた。
諏訪大社で6年に1度営まれる御柱祭では平成22年に2人、28年にも1人が死亡する事故が発生。28年の事故をめぐっては、事故を防止する注意義務を怠ったとして弁護士らが宮司を業務上過失致死罪で告発したが、不起訴処分となった。
こうした危険を伴う祭礼が長年にわたり営まれてきた理由について、法政大学の武田俊輔教授(社会学)は「単なる神事ではなく、祭りには『奇跡』が求められる。西大寺会陽であれば幸福を呼ぶ宝木が全員にいきわたるのではなく、2人だけだから意味がある。岸和田だんじり祭なども含め競い合いがあるからこそ熱狂を呼び、それが祭りを続けるモチベーションになってきた」と指摘する。
ただ、かつては背景を理解した人が危険も承知で参加してきたが、メディアやインターネットの普及で祭りに向けられるまなざしも変化してきた。「ローカルであれば自己責任で問題なかったことが、その祭りの文脈を理解していない人からみれば危険、となる。事故が起きれば社会問題化しやすくなった」
そのうえで、事故を防ぐには参加者を地域ごとの輪番にするなど人数に制限を設けることも考えられるとし、「環境の変化に伴い、祭りも変化していかざるを得ない。伝統と安全性の間で折り合いをつける方策を見いだしてほしい」としている。(福富正大)