郡山市の市街地に出没したクマ 緊急銃猟によって駆除 人や物の被害なし

7日、郡山市の市街地に出没したクマについてです。クマは8日午後3時半過ぎに猟友会によって駆除されました。現場は高速道路の斜面だったことから、駆除のため常磐道の一部は一時、通行止めとなりました。
畑のなかを走り回るクマ。郡山市の喜久田町近くで8日朝、撮影されたものです。警察や市の発表と合わせると、7日郡山市の街の中心部に出没したクマと同じものとみられます。
7日、郡山市のJR富田駅近くの住宅街に出没した体長1.5メートルほどのクマ。クマは7日の夕方以降、川沿いの茂みに隠れて動かなくなりました。ところが8日朝になって、クマは動き出し、7日夜いたところから直線で5キロほど離れた郡山市喜久田町に移動しました。
その現場は高速道路の郡山JCT近く。午前9時半ごろから高速道路の斜面の茂みにまた隠れてしまいます。
市や警察とクマとのにらみ合いが続くこと6時間。磐越道の一部区間を通行止めにし、安全が確保できたことからクマは緊急銃猟によって午後3時半過ぎに駆除されました。
磐越道の通行止めは一時間ほどで解除となり、これまでのところ一連のクマの出没による人や物への被害は確認されていないということです。

京都小6行方不明「海外旅行に行くと聞いた」 小学校は厳戒の始業式

8日で16日。行方不明になる前の家族の様子を聞いた人が取材に応じ、「海外旅行に行く予定と聞いていた」と話しました。
【画像】9キロほど離れた山中 7日の捜索現場の位置関係
卒業式のあと「旅行を予定」
新たに分かった卒業式後の海外旅行の予定。その直前に、何があったのでしょうか…。
京都府南丹市で行方不明になっている安達結希さん(11)、小学校6年生。8日も懸命の捜索が続いています。
父親が小学校近くに送ったあとから行方が分かっていません。それが、先月23日のこと。安達さんが通う小学校はこの日、卒業式でした。
旅行の話を聞いた人によると、その後、家族で2泊3日、海外旅行に行く予定だったそうです。
行方不明から3日後、安達さんの祖父母と会った人がいました。
安達さんの祖父母の知人

「26日に私が出先から帰ってきて、午後3時すぎにおばあちゃんが来た。『うちの孫が学校行ったけど、着いていなくて』と泣かれて。泣かれて話を聞いていて、そこで初めて知った。『いろんなことで、ご迷惑かけるけどすいません』と来た。それで本当にびっくりした。(結希さんは)初孫だし、かわいがっていた。小さい時は散歩に、田んぼに行くのを見ていた。それで祖父にも『あの子、人懐っこいからな。どこかでかわいがってもらっているかもしれないから、待っておこう』と別れた。毎日毎日、テレビやネットを朝起きたらまず見て『もう見つかったかな』とか。一日も早く元気な姿で、おばあちゃんに抱いてほしい」
小6男児不明 捜索続く
7日、安達さんの自宅近くで行われた捜索。
安達さんの行方が分からなくなった小学校。その3キロほど離れた場所でリュックが見つかっています。捜索が行われたのは、逆方向にあたる9キロほど離れた山中です。
捜索現場の周辺住民

「普段見るような車じゃない大きな車とかも数台すれ違ったのと止まっていたのを見て、『何かちょっとあったのかな』『いつもと違うな』という雰囲気」
現場を見た元神奈川県警の鳴海達之さん。規制線は、なぜ外れたのかをこう分析します。
「もし(捜索の)途中なら、規制線は残しておいてもいいと思う。なぜかというと、規制していても、そんなに住民がいるわけでもないですし、規制したからと迷惑がかかるわけでもない。もし捜索をどうしてもやりたいという目的を達成したいなら規制して、誰か人を置けばいい。住民が通れば、そこを開ければいいだけのこと。でも、それをやらないということは、もうこれ以上何か出るということがないのか、それともすでに目的のものを見つけたのか、どちらか。いずれにしても捜索の対象にはなる。この周辺は。今後も手をつけるということの一つの目安というか、シグナルだと思う」
捜索に進展はあったのでしょうか…。
「何かいなくなっている結希くんに関する情報なり、その所持品であるとか、情報が寄せられたんじゃないかなと思う。確たる情報がなければ、こういう捜索は警察はしないと思う。つまり当てずっぽう的に、家の近くで捜索をやれば何かが出るのではということは、警察はあまりやらないです」

「そういった情報が寄せられて実際に捜索をやってみて、得るものがもしないのであれば、それはそれで、この周辺には結希くんに関する痕跡はないことが明らかになるので、それはある意味プラスではあると思う」
厳戒の始業式 保護者「不安」
8日、安達さんが通う南丹市立園部小学校は始業式を迎えました。児童たちは保護者同伴のもと、集団登校をしています。
安達さんが見つからないまま迎えた始業式。通学路には警察や地域のボランティアなどが立ち、児童に声をかけながら登校を見守りました。
見守り活動に参加

「ここはこれでも街の中だけど、ちょっと入ったら山道ばかりだから、不安だろうから見守る」
見守り活動に参加

「この状態なので(見守りの)人数が多いほうが、子どもたちに安心を与えてあげられるかなと、参加させてもらいました。(児童に)そんなに暗い様子はなかったので安心した」
6日の夜には、新6年生の保護者を対象に説明会が開かれ、行方不明になった当日、安達さんの欠席について親に知らせるのが遅れたことを校長が謝罪。学校側から連絡体制の強化などの説明があったといいますが、安達さんが行方不明になって16日、行方につながる手がかりさえ見つからない現状に保護者は…。
保護者

「まだ見つかっていないというのが不安なので。見つかったという情報があれば心境的には変わると思うけど。興味がこの年代はあるので、ふらふらと行きがちなので。(子どもを)しっかり見守っていこうかなと」
警察などは、下校時にも見守り活動を実施。少なくとも10日金曜日までは態勢を強化し、見守りにあたるということです。
情報提供先:南丹警察署 0771-62-0110
(2026年4月8日放送分より)

「スマホを見ていた」 「前をよく見ていなかった」 新名神の死亡事故 子ども3人含む6人死亡 トラック運転手が供述 三重

3月、三重県の新名神高速で6人が死亡した事故で逮捕された大型トラックの運転手が「スマートフォンを見ていた」と供述していることが新たに分かりました。
3月20日、三重県亀山市の新名神高速下り線で、水谷水都代容疑者(54)が運転する大型トラックが、一家5人で関西方面へ観光に向かっていた静岡県袋井市の松本幸司さん(45)の車に追突しました。
松本さんの車はさらに、関西方面へ帰省途中だった髙峰啓三さん(56)の車に衝突し、2台の乗用車に乗っていた6人が死亡しました。
「スマートフォンを見ていた」
その後の警察への取材で水谷容疑者が、警察の調べに対して「スマートフォンを見ていた」という供述をしていることが新たに分かりました。
また、「前をよく見ていなかった」という供述もしていたことから、警察は、スマートフォンを見ていたことが事故につながったとみて、詳しく調べています。
【現場の画像】事故当時の様子 焼け焦げた乗用車やトラック… 新名神で6人死亡 三重

「感動!かなり感動」旧日本軍の戦闘機「紫電改」81年の時を経て海底から姿現す 記憶を伝える貴重な遺産に

80年以上の時を経て、地上に姿を現した旧日本軍の戦闘機、紫電改です。両翼がしっかり残っています。8日、阿久根市で引き揚げられました。国内に現存する、この戦闘機は47年前に愛媛県が引き揚げた1機だけです。戦争の記憶を伝える貴重な遺産になりそうです。
8日朝、阿久根新港を出発したクレーンを載せた台船。普段は堤防の建設など公共工事で活躍する船ですが、これまで経験したことのないものを吊り上げます。それが、旧日本軍の戦闘機、紫電改です。
1945年4月、出水市の上空でアメリカのB29編隊と交戦し阿久根市の折口浜に不時着しました。これまでの調査で、機体には、5メートルを超える両翼、紫電改の特徴でもある2連の20ミリ機銃も残っていたことがわかっています。搭乗していた林大尉は、不時着したあと、地元の住民に救助されたものの命を落としています。
林大尉の霊を慰め、貴重な戦跡を遺そうと市民グループはクラウドファンディングを行い引き揚げと保存の費用を募ってきました。
午前11時ごろから始まった引き揚げ作業。まず、姿を現したのが胴体のカバーと見られる部分。続いて、プロペラも引き揚げられました。多くの市民、県民が海岸から見守る中、作業は順調に見えましたが…。エンジンを含む、本体を引き揚げようとするとバランスが取れず難航。動きがあったのは、作業開始から3時間半経った午後2時半過ぎでした。
(岡本アナウンサー)
「阿久根市の脇本海岸で大勢の人が見守る中、81年ぶりに紫電改が姿を現しました。エンジン部分、そして、両翼部分がしっかり残っています」
あらわになったエンジン。そして、両翼もしっかり残されたまま引き揚げられました。20ミリ機銃も残っています。海岸で見学していた人は…
(見学に来た市民)
「いま翼が見えてきました。めちゃくちゃきれいに残ってるな。エンジンが完全に残っているみたいです。感動です。かなり感動しています」
紫電改は、ゆっくり台船に引き揚げられました。9日にも陸に揚げ、ゴミなどを丁寧に取り除いたあと、1年近く、水槽に沈め塩を抜くということです。
引き揚げに向けて活動してきた市民グループの代表は…
(NPO法人北薩の戦争遺産を後世に遺す会・肥本 英輔会長)
「歴史そのものですね。日本人の歴史がここにある。今から81年前の当時の歴史がここに詰まっている。それをどう考えるかを提供したいというのが私の思い」
国内に現存する紫電改は、愛媛県が1979年に引き揚げた1機のみです。引き揚げられた機体は戦争の記憶を伝える貴重な遺産になるはずです。出水市内で展示することも検討されているということです。

社民・福島氏、発言封じを謝罪=党首選後の記者会見巡り

社民党の福島瑞穂党首は8日の記者会見で、党首選決選投票開票後の記者会見で対立候補の発言を認めなかったことについて「配慮が足りなかった点があり、おわびしたい」と謝罪した。会見を仕切っていたのは党首選実施本部だったとしつつ、「発言させたらどうかとその場で相談すべきだった」と釈明した。
問題の会見は6日に行われ、党首選で福島氏と争った大椿裕子前参院議員とラサール石井副党首が同席。記者からは2氏にも質問が飛んだが、司会役の党関係者が「党首への質問に限る」と制止し、福島氏も「新党首就任の会見だ。私が答える」と2氏の応答を認めなかった。大椿氏は「候補者を平等に扱うべきだ」として途中退席した。
司会役の党関係者は福島氏の指示に従ったのではないかとただされたのに対し、福島氏は「直接指示する立場にはない」などと言葉を濁した。
会見を受け、大椿氏はX(旧ツイッター)で「実施本部のせいになっているが、異論が出てくるだろう」と指摘。「直接、謝罪の言葉が欲しい」と投稿した。 [時事通信社]

首都高6人死傷事故、被告が控訴取り下げ懲役7年6月確定…遺族「苦しみや悲しみはこれからも続く」

埼玉県戸田市の首都高速で2024年、大型トラックが渋滞の車列に突っ込み、6人が死傷した事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)などに問われた元トラック運転手の降籏紗京(ふりはたさきょう)被告(30)が、東京高裁への控訴を取り下げたことがわかった。懲役7年6月とした1審・東京地裁判決が確定した。
昨年11月の地裁判決によると、降籏被告は24年5月14日朝、発熱で意識がもうろうとした状態でトラックを運転。時速約75~80キロ・メートルで渋滞の車列に突っ込み、3人を死亡させ、他の3人に重軽傷を負わせた。
降籏被告は公判で起訴事実を認めたが、判決を不服として東京高裁に控訴した。昨年11月、判決後に東京拘置所で読売新聞の取材に応じた際は「命を奪った責任は重く、申し訳なく思う」と述べる一方、「1審では母親の証人尋問ができなかった。できる主張をやり残したくなかった」と控訴した理由を説明していた。
東京高裁によると、降籏被告は3月24日に控訴を取り下げたという。事故で夫の杉平裕紀(ゆうき)さん(当時42歳)を亡くした智里さんは6日、取材に「判決が確定しても、何も終わらない。遺族の苦しみや悲しみは、これからも続いていく。被告には、刑務所の厳しい環境の中で過酷な日々を過ごしてほしい」と話した。

津波から生還した石巻市職員、手探りの復興420日の日記…泊まり込み支援物資配布の調整・同僚救えず自責

職務中に東日本大震災の津波にのまれながら生還した宮城県石巻市職員の今野照夫さん(64)が震災当日から420日間、克明に書き続けた日記がある。同僚17人を失った職場でリーダーの一人として地域の復興を手探りで担い、被災自治体がどんな課題に直面したのかを時系列で記録していた。「後世の役に立つなら」と15年の歳月を経て日記の存在を明らかにした。(石巻支局 高倉正樹)
今野さんは当時、市北上総合支所の地域振興課補佐だった。2階建ての支所は指定避難所だったが、想定の2倍を超える高さ14メートルの津波が押し寄せ、職員や避難した住民ら57人のうち54人が犠牲となった。今野さんも波にさらわれて2時間ほど漂流し、民家に流れ着いて助かった。
翌朝、災害対策支部が置かれた中学校体育館まで歩き、公務に復帰した。日記にはこうある。
<甚大な災害だということは、理解できている。避難者と一緒に宿泊。ほとんど眠れない状態>(3月12日)
発生から2週間ほどは発電機やガソリンの確保に奔走した。連日泊まり込み、ろうそくの明かりで警察や自衛隊と協議し、ボランティアの受け入れや支援物資の配布を調整した。
4日目、職員をなるべく自宅で休ませるよう上司に提案した。以前、阪神大震災の報告書を読み、激務で自治体職員の体調悪化が相次いだとあったからだ。
4月に入ると不明者捜索に区切りをつけ、被災したまちの復旧に移っていく。
<遺体捜索を実施しながら、ガレキなどの撤去にシフトする必要がある。明日、展開方法を考えよう>(4月2日)
「行方不明310名、身元確認されたのは149遺体」「遺族に大変申し訳ない」とも記され、苦渋の決断だったとわかる。
支所職員は8人が死亡、9人が行方不明となった。同僚を救えなかったことに苦しみ、自分を責める記述が続く。業務は残された人員で手分けし、担当外の仕事もこなした。ようやく丸1日休めたのは6月4日。交代の泊まり勤務が終わったのは8月19日だった。
この年の夏、市職員の合同慰霊祭で代表としてお別れの言葉を読んだ。前日までに泣きながら書き上げた原稿の全文も日記にある。
<皆さんの無念さを思うと言葉がありません。なぜこれほど多くの人が死ななければならないのか? 答えが無いかもしれませんが、私はずっと問い続けることになるでしょう>(7月3日)
今野さんは2014年に市本庁に異動し、児童・教職員計84人が亡くなった大川小の震災遺構保存などを担当して遺族との調整にあたった。22年の定年退職後も再任用され、震災伝承課に勤める。「自分は『生かされた』という思いしかない。だからどんな仕事もつらいと感じたことはない」
当初の日記は紙に殴り書きで、途中からパソコン入力に切り替えた。夜に周りが寝静まってから書くことが多かった。「個人的な記述も多い」と存在を明かしていなかったが、十三回忌が過ぎた3年前に気持ちの整理がつき、世に問うことにした。今野さんは「当時を知らない世代が増えて震災の記憶が薄れている。災害対応の参考にしてほしい」と語る。

東洋大が残業代未払い、20年以上・年間1800万円か…労基署が是正勧告

教職員らの残業代の一部が未払いだったとして、東洋大(東京)が昨年10月、王子労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けていたことがわかった。同大は未払いを認めつつも、対象人数や金額については「精査中」としている。大学関係者によると、未払いは20年以上にわたって続き、年間の未払い額は1800万円程度に上るという。
東洋大や大学関係者によると、教職員の残業代を算出する際の基準となる「月額給与」について、本来は住宅手当を給与に含めるべきだったのに誤って除外するなどしていたため、残業代の一部が支払われなかったという。対象は大学職員のほか、付属中高校などの教職員や退職者らも含まれる。
東洋大は取材に対し、労基署から是正勧告を受けたことを認め、「適法だと事実誤認していた」と説明した。その上で、未払い分の残業代については、「法的な時効や給与台帳の法的な保存期間等を総合的に勘案した」として、2020~25年度分を6月にも対象の教職員に支払う方針を示した。同大は「事態を重く受け止め、適正な労務管理の徹底に努める」としている。
東洋大は今回の問題を文部科学省に報告し、3月には学内向けの説明会を開催した。大学関係者によると、説明会では、残業代の算出時に月額給与から住宅手当を除外する運用が20年以上続き、年間の未払い額は1800万円程度とみられると大学側から報告されたという。
労基法では、残業代は1時間あたりの賃金を基準額として算定するよう定めている。賃貸住宅に住む従業員の家賃の一定割合分を支給する際などには、基準額から住宅手当分を控除できる。一方で、従業員に一律で定額を支払う場合などには、労働の対価とみなされて除外できない。

自治体4割「法規制必要」 災害時のSNS偽情報、AIで巧妙に

災害時にSNSなどで拡散する偽情報の対応について、都道府県と政令市の約4割が情報の拡散を法律で規制する必要があると認識していることが毎日新聞のアンケートで判明した。「必要ない」との回答はゼロで、「どちらとも言えない」「その他」とする自治体からも拡散防止策の必要性を指摘する声が相次いだ。
4月14日で発生から10年となる2016年の熊本地震では「ライオンが放たれた」との偽情報が画像付きでSNS上に拡散し、熊本市や熊本県警などに問い合わせが殺到する事態が起きた。24年1月の能登半島地震では虚偽の救助要請が投稿されて警察官が実際に救助に向かうケースもあった。人工知能(AI)の高度化で情報の真偽を見極めることがさらに難しくなるなか、アンケートでは自治体の強い危機感がにじんだ。
SNSの収益化システムを問題視
アンケートは2~3月に実施し、47都道府県と20政令市の全67自治体から回答を得た。偽情報対策として法規制が必要か尋ねたところ、29自治体が「必要」と回答。災害対応や被災者支援への影響を理由とする声がほとんどで、「閲覧数に応じ収益が発生する仕組みが真偽不明の情報や不安をあおる投稿の拡散を助長する恐れがある」(千葉市)とSNSの収益化システムを問題視する意見もあった。山梨県は「自制の呼びかけだけでは限界がある」と訴えた。
必要と回答した自治体に具体的な規制内容を聞いたところ、SNS運営者に閲覧数による収益化の停止を求める声が多く、アカウント凍結、投稿削除も例として挙がった。AIで生成された画像・動画には、AI由来であるとの表示義務化を求める意見もあった。
佐賀県は法規制の必要性を求めながらも、「災害時にはSNSなどが貴重な情報源となることもある。真に救助を求める発信をためらうような規制とならないことが必要」と指摘した。
法規制の是非を明確にしなかったのは38自治体で、その中にも「人命救助を阻害する可能性があるため(偽情報拡散の)防止策は不可欠」(福島県)といった意見があった。
表現の自由との兼ね合いも
一方、表現の自由の侵害につながらないか慎重な自治体もあり、新潟市は「SNSは個人が自由に意見や情報を発信できるツールであり、発信者が得た真偽不明の情報が流れるのはやむを得ない」と回答した。
能登半島地震で被害が大きかった石川県の奥能登4市町(輪島市、珠洲(すず)市、能登町、穴水町)にも同様の内容を聞いたところ、珠洲市と能登町が法規制を「必要」と回答した。珠洲市は「救助や救出の妨げになるような混乱を引き起こす場合には、法的な対応が必要だと考える」とした。
災害時の偽情報を巡っては総務省の有識者会議が抑止策を議論している。25年9月には法整備を含め検討する内容を盛り込んだ中間報告を取りまとめた。
また、25年12月に公表された首都直下地震の被害想定では、虚偽の被害写真や不安をあおるデマなどが大量に発生することで、被災地の活動に悪影響を与える可能性が指摘されている。
緊急時の社会心理に詳しい東京大大学院の関谷直也教授(災害情報論)は「悪意のある偽情報に対しては刑法に基づき毅然(きぜん)と対応すべきだが、災害時には、善意で発信されるものも少なくない。以前から誤情報・偽情報も多く、閲覧数に応じた収益化を止めたとしても効果は得られないだろう」と指摘する。「情報を発信する際は『自分が正しい』と思いがちだが、正義感は誤った方向に向かうこともある。発信する一人一人の認識を変えていくことが大切だ」と語る。【中里顕】

社民党支持者も嘆いた出直し会見の〝醜態〟 大椿裕子氏は怒りの途中退席

党勢衰退を象徴するような会見となってしまった。6日、決選投票となっていた社民党の党首選が開票となり、福島瑞穂氏が新党首に選ばれた。就任会見で「社民党リブート」を訴えた福島氏だが、対立候補の大椿裕子氏が会見途中で怒りの退席をするなど党内はガタガタ。再出発どころではなくなってしまった。
13年ぶりとなった党首選には現職の福島氏に大椿氏、そしてラサール石井副党首も名乗りを上げ、投票の結果、福島氏と大椿氏による決選投票にもつれ込んでいた。
決選投票の有効投票数は4156票で、福島氏が2364票を獲得。大椿氏は1792票だった。割合は6対4で、福島氏の圧勝とはならず、党内には一定程度の反福島票があることが明らかとなった。
福島氏は結果を受けての会見で「社民党リブート、再生に向かって大きくしていきたい」と意気込み、政治スクールの開設などを通して自治体議員を増やす目標を掲げた。一方で党内融和については「人事はまだ白紙」とだけ語った。
会見が異様な雰囲気となったのは、ある名物記者の質問からだった。記者は会見に同席していた大椿氏とラサール氏にもコメントを求めたのだが、司会者が「新党首の会見なので党首への質問に限ってほしい」と返答。これに大椿氏が「もう少し平等に候補者を扱ったらどうですか」「それはひどいと思います」と意見したのだ。
結局、発言は認められず、憤慨した大椿氏は会見途中にもかかわらず退席した。これを受けて記者らが「自民党総裁選でも敗者の弁はある」「みっともない」と会見の仕切りに苦言を呈せば、司会者も「静かにしてもらえませんか」「ちょっとやめてくださいよ」と反論。党再生に向けた会見のはずが、党の醜態をさらす結果となってしまった。
あまりにひどい会見内容に社民党支持者すら「党内の対立を国民に見せつけているようで、ますます社民党の印象が悪くなっていくばかりです」と嘆いた。
大椿氏は離党してしまうのか。会見退席後、大椿氏は名物記者のYouTubeチャンネルに出演し、「離党を考えているわけではない」と否定した。
異様な会見の仕切りについては、「数日前に当選者のみで会見すると聞いて、それはダメだと。自民党のように戦った者同士が手をつないで一致団結して頑張ろうっていう場を作らないといけない」と思い、党内で働きかけたが「福島さんはそれは嫌だっていうわけですね」と明かした。
結果的に3人が出席する会見にはなったが、大椿氏の発言については「答えさせない方針で臨んでいたと思います」と指摘した。
福島氏と大椿氏をめぐっては衆院沖縄2区の候補者擁立をめぐる対立がある。福島氏ら執行部が会見の場で沖縄の件を大椿氏に蒸し返されるのを嫌った可能性もある。
前出の支持者は「社民党の国会議員は2人。ラサール氏の改選となる2031年参院選までは政党として存続するでしょうがその後はないかもしれません」と、あり得ないレベルの会見にショックを受けていた。