園庭のような場所で子供らがドッジボールを楽しみ、室内では幼児らが布団を並べて寝ている――。取材班がたどり着いたあるサイトには、日本の保育園とみられる映像が映し出されていた。比較的鮮明で、子供が着替える様子も映る。
映像の説明欄には、英語で「アジア、日本」「幼稚園」と書かれ、カメラのインターネット上の住所にあたる「IPアドレス」や「タイプ(型番)」、映像が同サイトに公開された時期も記されていた。
取材班は「日本」「幼稚園」などに分類された三つの映像について、カメラがある施設の特定を試みた。映像が外部に公開されていることを伝えるためだ。
最大12個の数字などからなるIPアドレスから、三つは同じ施設に設置されたものと推定された。映像の切り取り画像から、類似の画像をインターネットで検索すると、全く同じ園庭が上位に表示された。関西地方にある保育園のホームページの画像だった。
10月上旬、取材班はこの保育園を運営する社会福祉法人の男性理事長(56)を訪ねた。問題のサイトを見せると、理事長は「全く知らなかった。想定外だ……」と絶句した。3台とも同園の映像で間違いなかった。
大阪近郊の閑静な住宅街にある同園には、0~6歳の約60人が通園する。法人や同園によると、3台のカメラは0~2歳児用の部屋、3歳児以上の部屋、園庭にそれぞれ設置され、各映像は保護者向けにパスワード付きの専用サイトで配信されていた。
取材班から指摘を受け、園側はすぐに対応を取った。理事長はその場で、カメラのネットワーク構築を担当した長野県のIT業者(59)に連絡。業者も即座に同園に電話し、3台をインターネットから切断させた。同園はその日のうちにカメラの廃止を決め、保護者に配信終了を通知。2日後、3台は撤去された。
法人によると、3台が設置されたのは約15年前の開園当初。防犯目的で、「(2001年の)大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件などが念頭にあった。『外部からは見られない』という説明だったので導入した」(理事長)という。だが、映像は漏れ、場所が特定されて侵入や窃盗に遭う恐れもあった。「漏えいリスクがあるなら導入しなかった」と理事長は悔やむ。
なぜ、園内のライブ映像が「のぞき見」できる状態になってしまったのか。
IT業者は「保護者向けのサイトは毎年度、パスワードを更新しており、このサイトを通じて漏れ出ていたとは考えにくい。カメラが直接ハッキングされた可能性がある」と説明する。
一方、本紙と共同で調査した情報セキュリティー会社「トレンドマイクロ」の成田直翔シニアスペシャリストが、3台のカメラの更新状況などを調べたところ、少なくとも1台はカメラ自体のパスワード認証が未設定で、ソフトウェアの更新も10年以上行われていなかった。
実際、取材班がインターネットのURL欄にIPアドレスを入力すると、カメラの管理画面が表示され、パスワードの入力なしで映像が見られる状態だった。
成田氏は「何者かがプログラムを使って、外部から見られる状態のカメラのIPアドレスを収集し、広めている可能性がある」と指摘する。
3台の映像が海外のサイトに公開されたのは、早いもので5年前とみられる。3台のうち1台は、7、8年前に壊れたため交換したが、残り2台はそのまま使い続けていたという。
理事長は「IT業者とカメラの保守に関する契約書を交わしたかも分からず、セキュリティーや責任の所在が曖昧なまま運用し続けてしまった」と自責の念をあらわにした。
IT業者は読売新聞の取材に、「より強固なセキュリティー対策をすべきだった。園児らのプライバシー、肖像権が侵害され、申し訳ない」と語った。
「ウィンドウズ95」が発売された1995年の「インターネット元年」から30年。爆発的に拡大するデジタル空間は、SNS、生成AI(人工知能)といった新たなツールを生み出す一方、情報の漏えい、偽・誤情報の拡散、サイバー攻撃などのリスクを増大させている。光と影が渦巻く「デジタル禍」の今を追う。
ネットカメラ 国内700万台超
防犯意識の高まりなどから、国内のネットワークカメラは増え続けている。
調査会社テクノ・システム・リサーチによると、平均設置年数(5~7年)から推計した国内の設置台数は700万台超に上る。今年の出荷台数は過去最多の168万8200台と見込まれ、内訳は「店舗・流通」用が約51・4万台、「家庭・個人事業主」用が約39・9万台、「ビル・オフィス」用が約32・5万台など。
同社の池田英信マーケティングディレクターは「防犯意識の高まりや、映像の記録装置が不要なクラウド型カメラの登場が普及を後押ししている」と話す。