住民票やマイナンバーカードに「旧姓」を併記できる制度が11月5日に施行されて、間も無く一カ月が経つ。我々男性はもちろん、ごく普通に生活する国民にとっては「なんのための制度なのか」としっくりこない部分もあるかもしれない。
総務省のホームページによれば、「この政令改正は、社会において旧姓を使用しながら活動する女性が増加している中、様々な活動の場面で旧姓を使用しやすくなるよう、との累次の閣議決定等を踏まえ行われたものです」とのことである。
独身時代から活動してきたフリーランスの知人女性、そして社内では旧姓のまま仕事を続けてきたという知人女性からは「いちいち説明しないで済む」「煩わしさがなくなった」と概ね好評のよう。仕組み上の、というよりは「旧姓で活躍できる」というメンタル的な部分でのメリットを感じている人も多い印象だ。
しかし「女性の活躍」とくれば、旧来的な価値観を持つ人々とのズレが生じるのもお約束のようだ……。
◆旧姓併記制度で便利になると思っていたが…
「勤務15年目での結婚でしたから、旧姓のまま仕事をしているほうが社内的にも便利で、会社もわかってくれていました。夫も、そのあたりの事情は知っていたはずなのですが……」
こう話すのは、都内の大手新聞社勤務の牧野優子さん(仮名・40代)。自身の記名記事を執筆することもあり、結婚後もなんとなく「旧姓のまま」で仕事を続けた。
特に旧姓へのこだわりがあったというわけではないが、結婚し姓を変えた女性の先輩が、行く先々で「結婚したんです」と説明しているのを見たり、名刺や社内のいたるところに貼ってあった旧姓ネームプレートを交換しなければならない煩わしさを考え、旧姓のまま仕事をしていただけだった。
仕事上では旧姓だが、私生活では夫の姓を名乗っていたこともあり、今回の旧姓併記制度のことを知った牧野さんは、さっそく住民票とマイナンバーカードの「切り替え」を行なった。これで便利になる、ただそれだけの考えだったのだが……。
「切り替えた後の住民票を見て夫が『なんだこりゃ?』と素っ頓狂な声をあげました。そんなに俺と同じ名字を名乗るのが嫌なのかとか、会社で旧姓を使っているのも本当は我慢していたのかとか、堰(せき)を切ったように不満を言い出して。タイミングが悪いことに、一週間ほど前から子どもの進路を巡って口論が続いていた時期で、夫婦仲も険悪でしたから」
後に誤解は解けたものの、夫の価値観にちょっとした疑問を抱かざるを得なくなったという牧野さん。お次も、封建的な価値観が「旧姓併記を認めない」とするパターン。
◆実家に帰ると両親や親戚から「夫婦別姓などけしからん」
「嫁が旧姓でデザイナーをしているのですが、新制度が出来て早速新しい住民票に切り替えたんです。便利になったと私も喜んでいたのですけどね」
都内在住の会社員・松本慎一さん(30代・仮名)は、仕事が円滑になるならと、妻に旧姓併記制度を勧めた一人でもある。祝事があり、中部地方の山奥にある実家に松本夫妻が帰省した際に、なんとなく“そのこと”を話したところ、集まっていた母親、そして親族が真っ青な顔で松本さんに笑えない忠告してきたという。
「お前、そりゃ奥さんが離婚したいって合図だと、真顔で親戚のおじさんに言われたんです。母親も、嫁が夫の姓を名乗りたくないのは何か理由があるからだと慌てふためいてしまって。その場に居合わせなかった妻が戻ってくると、一族は黙りこくってしまいました。
私の知らないところで母が妻に『あなたは家系の恥』と攻め立てたり、逆に『あの子を見捨てるのか』と泣き落としたらしく、自宅に帰ってから嫁には泣かれて……。田舎の封建的な社会では『“夫婦別姓”などけしからん』という空気が確かにありますからね」
そもそも「旧姓併記」制度は、夫婦別姓とは全く異なり、その名の通りに、ただ「旧姓」を併記するだけの話。にも関わらず、上記のように誤解したまま大慌てする人も少なくはない。そして、この誤解をさらに拡大解釈し、都合悪く捉えてしまう人も――。
◆夫が「そんなに俺の給与が不満か」と激高
「雑誌などの制作業務をフリーランスでやっています。仕事によって旧姓と夫の姓を使い分けていたため、旧姓併記制度は便利だと思い、夫に相談したんです」
神奈川県在住の浜本美由紀さん(仮名・40代)は、20代の頃からファッション誌などを舞台にライターや編集者、ディレクター、時にはカメラマンとして活動してきたフリーランス。数年前に夫と結婚したが、以前から請けていた仕事は旧姓で、結婚後に新たに請けた仕事は新姓を用いた。手続き上で、これらの仕事を一本化できるのならそれに越したことはないと思った。しかし、夫のヨミは斜め上を行くものだった。
「この制度は“女性の更なる社会進出”を目指したものだって説明をしたところ、夫が急に不機嫌になって『そんなに俺の給与が不満か』とグチグチ言い出すんです。ついには『仕事ばかりで子どもはどうするのか!』なんて。実は夫も同業者で、私の仕事や夢を理解してくれているものとばかり思っていたので、本当にガッカリです」
思わぬ形で夫の本音を聞かせられた浜本さん。こうした事例を見ていると、政府が音頭を取る「女性活躍」の御旗は、今なお国民の前近代的な感覚が根付いた土壌とは全く違うところで、悲しくひっそりはためいているようにしか思えない。<取材・文/山口準>
【山口準】
新聞、週刊誌、実話誌、テレビなどで経験を積んだ記者。社会問題やニュースの裏側などをネットメディアに寄稿する。