「ウチの地域には観光客を集めるものなんてないよ」。他の地域のレジャー施設や景勝地を横目に、そう思っている人もいるのではないだろうか。しかし、日常として地域に根付いてきたものを観光資源として活用できる、そんな可能性があるかもしれない。
静岡市などを含む静岡県中部地域では、生産量日本一の「お茶」が、“インスタ映え”するアイテムとして若い女性客などを引き付けつつある。その一例が、静岡のお茶を使ったかき氷を期間限定で販売する「茶氷プロジェクト」。初開催の2018年は、3カ月間で3万杯以上を販売した。この成功を足掛かりに取り組みの幅が広がっている。
なぜ今、知名度が高い「お茶」をあらためて観光資源に育てようとしているのか。取り組みを推進する公益財団法人するが企画観光局と、現地の事業者に話を聞いた。
日本一のお茶が“観光”につながっていない
「伊豆や浜松、富士山のような強い個性がないんです」。するが企画観光局の八木将彦さんは硬い表情で話す。それは、同局が管轄する静岡県中部地域の現状だ。
するが企画観光局は、静岡市、島田市、焼津市、藤枝市、牧之原市、吉田町、川根本町の5市2町で、観光誘客に関する市場調査や戦略立案を行うDMO(観光地経営組織)。17年に静岡観光コンベンション協会から名称を変更し、新たな観光コンテンツの企画やプロモーション活動に着手した。
観光誘客という課題に取り組むときに考えたのが、地域としての一番の“武器”。観光地としては地味なこの地域にも、「お茶の一大生産地である」という大きな特徴があるからだ。しかし、お茶という産業を“観光”に結び付ける動きはこれまでほとんどなかった。
「観光で人を呼ぼう、という意識が薄く、生産地なのにお茶を“楽しめる場所”がない。もっとお茶に興味を持ってもらうためにも、地域一体となった情報発信が必要なのです」と八木さんは話す。
その背景には、観光誘客という課題だけでなく、お茶という産業そのものを取り巻く環境の厳しさもある。
お茶産業を取り巻く厳しさは、需要の変化という形で表れている。2000年代に入ってペットボトルのお茶が一般的になり、「お茶をよく飲んでいる」という人も多いだろう。実際、ペットボトルなどの容器に入った「緑茶飲料」への支出額は増加してきた。
しかし、一方で「茶葉」の需要は縮小傾向にある。緑茶飲料がよく飲まれるようになり、急須でお茶を入れることが減ったからだ。緑茶飲料は少ない量の茶葉で作ることができる。茶葉の需要が縮小すると単価が低下し、生産者の仕事は厳しくなる。生産者の高齢化も加わり、廃業や耕作放棄というケースも増えているという。
「お茶で観光客を呼ぶ」という取り組みは、地域の産業を変える試みにもつながる。地域の特徴を見直し、そこから時代に合った新しい魅力を生み出す可能性を秘めているのだ。
ただ組み合わせるだけではない「お茶×かき氷」
これまでにないお茶の取り組みとして、するが企画観光局が18年に立ち上げたのが「茶氷」プロジェクトだ。お茶屋さんやお茶カフェなどと協力し、若い女性を中心に人気がある「かき氷」と静岡のお茶を組み合わせたメニューを展開。お店巡りをしてもらおうという企画だ。
初開催の18年は12店舗が参加。7~9月の3カ月で3万杯以上を販売し、行列ができる店舗も目立った。好評だったことから、19年は「うちの店もやってみたい」という店舗が増加。30店舗が茶氷メニューを考案し、販売した。
なぜ、お茶を使ったかき氷が成功したのか。その理由は、商品の「見た目」にある。
「メニュー開発の当初は、ダメ出しすることが多かったですね」と振り返るのは、するが企画観光局の鈴木杏佳さんと鈴木香穂さん。茶氷プロジェクトを担当している。このプロジェクトで提供するのは、若い女性がSNSで発信したくなるようなかき氷でなければならない。「どこにでもあるような“あずき+白玉”のかき氷にとどまらず、それぞれのお店らしさや得意分野を生かしてもらう」(鈴木杏佳さん)商品にするため、フルーツやアイスクリームなどのトッピング、シロップの種類、全体の色合い、器などをアドバイス。店舗と一緒になって商品をつくり込んだ。
その結果、商品を一覧できるパンフレットは鮮やかに仕上がった。おしゃれなカフェのメニューのようなかき氷が並ぶ。抹茶だけでなく、ほうじ茶や和紅茶のシロップも楽しめる食べ比べ商品、チーズクリームが載った商品、お茶漬け風のかき氷など、多彩だ。
お茶の製造・小売を手掛ける、創業70年の丸玉園(焼津市)は、18年から茶氷プロジェクトに参加。19年は、ホイップクリームを載せた食べ比べ商品「ラテアイスツリー」(税込940円)を販売している。静岡抹茶、ほうじ茶、ストロベリーの3つの味が楽しめるかき氷だ。社長の増田啓介さんは「インスタを見て、県外から来たという若いお客さんも増えている」と話す。土日は行列ができることも多いという。
丸玉園は、「手軽に、おいしく、おしゃれに」をコンセプトにした新ブランド「SANOWA」を立ち上げ、さまざまな煎茶やフレーバーティーなどを少量ずつ購入できる商品を展開するなど、若い世代の取り込みに熱心だ。それは危機感の表れでもある。増田さんは「まずは若い人たちにお茶屋さんに来てもらうきっかけが必要。かき氷をきっかけに来てもらえれば、店内の他の商品を見てもらって、魅力を伝えることもできる」と話す。実際に、かき氷を食べに来た客が茶葉を買っていくことは多く、お茶の販売にも効果が出ているという。
19年の茶氷プロジェクトでは、8月に「茶氷フェス」というイベントを初開催。10店舗が参加し、2日間で1万870杯を販売した。その効果もあって、今年は8月までの2カ月間で約4万杯を販売している。
「かき氷を食べて終わりではなく、お店のファンになってもらうことが大事」「お茶を楽しんでもらうこと、静岡観光してもらうことにつなげたい」と、鈴木杏佳さんと鈴木香穂さんは意気込む。県内の他の地域の店からも「やりたい」という声が上がっており、今後はさらに規模を拡大して認知度を高めていく方針だ。
「お茶で人が集まる」ことを実証したい
「私たちにとっては、いつも見ている景色なんですけどね」。牧之原市で茶園を営む柴本俊史さんはそう話す。茶畑を使った観光コンテンツ作りに協力している生産者だ。
柴本さんは茶葉を卸すだけでなく、自ら商品開発も手掛ける。それが、完全無農薬の釜炒り茶だ。釜で炒って作る柴本さんの緑茶やウーロン茶などは「(茶葉を)漬けっぱなしにしていても濃くなりすぎず、あっさりとした味。香りにも特徴がある」という。
柴本さんのような生産者たちに協力してもらい、19年に始めた取り組みが「茶の間」だ。茶畑の真ん中に木製のデッキを設置。土日限定の予約制でその場所を貸し切りにして、当日は絶景を楽しみながら生産者からお茶の説明を聞き、その場で味わう“体験型”コンテンツとなる。
現在は牧之原市のほか、静岡市や富士市など5カ所の茶畑に「茶の間」を設置。5月にテスト販売を始めると、当月分はすぐに完売した。雨天の場合は中止になってしまうが、反響は大きいという。8月までに約40人が体験。9月も10日時点で30人ほどの申し込みがある。問い合わせの半分は県外からだという。
柴本さんの茶園に設置されたデッキに座ると、周りを取り囲む茶畑の向こうに街並みを見下ろすことができ、さらにその先には海が見える。心地よい風が吹いて、喧騒から離れたのんびりとした時間が流れている。茶氷と同じように“写真映え”するコンテンツでもあるが、それ以上に“ここでしかできない体験”がある。生産者にとっては日常の風景でも、そこが新鮮さと驚きが詰まった場所になるのだ。
柴本さんは、茶の間の取り組みに協力することで「お茶で人が集まるんだよ、と実証したい」と話す。「お茶そのものだけでなく、提供の方法が重要。昔からあるものだからこそ、次の時代に残るようにアップデートしていかないと。お茶を楽しむ場が広がっていけばいいですね」(柴本さん)
直感的に「新しい」「面白い」と感じてもらう
他の取り組みとしては、静岡市内の飲食店10店舗でお茶を使ったカクテルを提供する「宵茶」プロジェクトを7月から開始。お茶割りのようなものではなく、茶葉をアルコールに漬け込んで香り付けしたオリジナルのリキュールを開発した。それを飲食店に提案し、メニューに加えてもらう。
茶師の監修のもと開発したリキュールは本格的だ。例えば、ほうじ茶を黒糖焼酎で3日かけて抽出したリキュールを使った「ほうじ茶ジンジャーハイ」、和紅茶を漬け込んだウイスキーをソーダで割った「和紅茶×ハイボール」、ウォッカに焙煎ウーロン茶を漬けたリキュールの水割り「焙煎烏龍ショット」。8月までの2カ月で約5000杯の注文があったという。10月からは、参加店舗を20店舗に拡大する予定だ。
このように、するが企画観光局ではさまざまな取り組みを企画しているが、全てが成功しているわけではない。18年冬には、静岡のお茶を使ったお茶漬けを提供する「茶米」を実施したが、あまり浸透しなかった。「かき氷ほどの分かりやすさがなく、観光という意味で波及しにくいコンテンツでした」と、鈴木杏佳さんは振り返る。お茶漬けそのものが観光の目的になりにくく、写真を撮りたいという人も多くはなかった。「1万円のお茶漬け」などの商品が話題にはなったが、「お茶を楽しむ間口を広げる」という役割は担えなかった。
試行錯誤を重ねながら、今後も取り組みを広げていく考えだ。八木さんは「まずは直感的に『新しい』『面白い』と思ってもらうことが必要なんです」と強調する。その先に、お茶について学んだり、実際に購入して自分でお茶をいれたりする行動が伴ってくる。お茶の知識がない人でも興味を持つようなコンテンツを求めている。写真映えやSNSを意識するのも、直感的に「いいな」と思ってもらい、お茶の入り口まで来てもらうことが目的だ。
生産量日本一の素材を磨いて“観光コンテンツ”として定着させ、新しい消費を生み、業界を変えていく――。それがこの取り組みの大きな目標だという。新しいものを一から生み出すことだけが方法ではない。地域に根付いてきたものでも、見せ方や提供の仕方を変えれば、新しい層を取り込むコンテンツになる。他の地域や商品にとっても、参考になる事例だろう。