米軍基地の過剰な集中に沖縄の人たちは苦しんでいる。普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古(名護市)への移設には明確に「NO」と意志表示している。「本土」は沖縄に基地の負担を押しつけたままで、整理縮小はいっこうに進まない。「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動」(引き取る行動・大阪)の松本亜季さん(38)は「基地の問題を他人事ではなく、自分の事として一緒に考えてほしい」と訴える。【まとめ・中川博史】
大学生だった2004年、辺野古に行き、ボーリング調査に抗議する座り込みに参加しました。軽い気持ちだったんですが、衝撃を受けました。地元の人たちからいろいろな話を聞く中で「基地を本土に持ち帰って」「引き取って」という声に戸惑いを覚えました。
「辺野古のことが『本土』で広く知られるようになれば、移設工事は止まる」。そう考え、知り合いと一緒に街頭でチラシを配ったり、マイクを握ったりして10年間、現状を訴え続けました。
辺野古の問題はメディアなどで大きく取り上げられるようになりましたが、それでも国は強硬な姿勢を崩さず、工事を進めていく。それどころか、沖縄の側に非があるかのような差別的な言動が目につくようになりました。「どこにも基地はいらない!」というスローガンでは解決できないんじゃないか、と考えるようになりました。
「基地を引き取る」。インパクトが強くて、反発や拒否感があると思います。沖縄の負担をどうにかしなければと考えている人も「引き取る」となれば、迷ったり、揺れ動いたり、覚悟を決めきれないと思ったりするかもしれません。「自分たちの町に基地が来るのはいやだ」という気持ちは、誰でも同じです。それなのに、沖縄の人たちだけが基地と隣り合わせの生活を強いられてきた。
日本にある米軍基地の70%以上が、面積比で0・6%、人口比で1%の沖縄に集中しているのは、どう考えてもおかしなことです。基地を置く根拠になっている日米安保条約には、8割の人が賛成しています。にもかかわらず、恩恵だけを受け取り、負担は引き受けようとしない。それは、沖縄差別です。
「本土」に住んでいる私たちの無関心が沖縄の基地の固定化を招いたのだと感じます。基地は「沖縄の問題」ではなく、負担を押しつけている「日本の問題」です。基地を引き取るという考えや行動は、押しつけるだけの立場から脱却し、一緒に悩む当事者になろうということです。政治的な議論ではなく、自分たちの身に引き寄せ、自分たちの生活の中で考えようというアプローチです。
玉城デニー知事が沖縄の人々の声や現状を伝えるトークキャラバンが2019年9月、大阪で開催されました。それを機に、つながりができたメンバーで「津々浦々の会」というグループを発足しました。引きこもりや部落差別、まちづくりやファクトチェックなど、個々が普段取り組んでいる問題の延長線上で沖縄を考え、当事者として関わっていこうという集まりです。
米軍機の爆音が昼夜とどろき、いつヘリコプターが学校や保育所に墜落してくるか分からない。米軍関係者による事件や事故が相次いで起きる――。「本土」の日常とは、あまりにもかけ離れています。私たちには、沖縄の切実な声に応答する責任があるはずです。
引き取る行動・大阪
2015年3月、松本さんらが中心になって発足。シンポジウムや後援会の開催、街頭行動などを重ねている。大阪に続き、福岡や新潟、兵庫などでも同様のグループが結成され、現在全国10カ所で基地を引き取る運動が展開されている。
連絡はホームページ(http://koudo.info/hikitori/)の問い合わせフォームから。
普天間飛行場移設を巡る動き
1995年9月 米海兵隊員らによる少女暴行事件。抗議の県民総決起集会
96年4月 日米両政府が普天間飛行場の全面返還で合意
99年11月 稲嶺恵一知事が移設先として名護市辺野古を表明
2009年7月 民主党の鳩山由紀夫代表が総選挙を控え移設先を「最低でも県外」と発言
12年10月 米軍が普天間飛行場にオスプレイの配備を開始
13年12月 仲井真弘多知事が辺野古の埋め立てを承認
18年7月 翁長雄志知事が埋め立て承認の撤回を表明
19年2月 県民投票で辺野古移設反対が7割を超える